2020年1月 | ||||
「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。(ヨハネによる福音書15章9節)」 | ||||
2020年の年間聖句には、三度も「愛」という言葉が出てきます。聖書は「愛」について書かれた書物、つまり神さまからのラブレターだという方がいます。わたしもその通りだと思います。 しかし聖書が伝える「愛」は、わたしたちの思い描く「愛」とは少し違うのかもしれません。1837年以降、聖書を日本語に翻訳したカール・ギュツラフは、今の聖書で「愛」と訳されている部分を「御大切」と訳していました。 さて、新約聖書の原語であるギリシア語には、愛をあらわす四つの言葉があります。一つ目は両性間の愛に用いられる「エロース」、二つ目は「ストルゲー」、この語は家族間の愛情、特に親子間の愛をあらわします。そして三つ目は「フィリア」で、友情や夫婦間の愛に用いられます。 そして、新約聖書の中で最も多く用いられている「愛」が、「アガペー」です。これは、他の人の幸せのために持つ愛情や心配、願望といった強い思いで、神さまの本性の一つとしてあげられます。見返りを求めることなく、ただ一方的に降り注がれるもの、それが聖書の伝える愛なのです。 イエス様は語られました。「父なる神さまがわたしのことを一方的に愛されたように、わたしもあなたがたを一方的に愛してきた」と。わたしたちが素晴らしい人間だからでも、何か良いことをしたからでもありません。ただただとても大切に思って下さったということです。 「だから」、とイエス様は続けます。「だからあなたがたは、わたしの愛にとどまりなさい」。「愛にとどまる」、難しい表現です。これがどういうことなのか、この一年考えながら、歩んで行けたらと思います。一つだけ言えるのは、わたしたちがどこにいようとも、何をしていようとも、神さまの愛はわたしたちから離れることはないということです。そのことに気づかされるときに、「愛にとどまる」という意味が少しずつ見えてくるかもしれません。 最後になりますが、わたしはこの四月より当教会を離れ、奈良基督教会に赴任することになりました。これまでの七年間、お祈りのうちにお支え頂きましたことに感謝いたします。ありがとうございました。 |