
| 2026年2月号 | ||||
| 「しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」(マタイよる福音書5章44節) | ||||
| 聖書には「敵」という言葉がよく使われます。しかし「あなたの敵は誰ですか」と尋ねられて、「あの人のことだ」とすぐに頭に思い浮かぶ人は、それほどおられないかもしれません。戦争中やトラブルに巻き込まれたときであればイメージしやすいかもしれませんが、普段の生活の中ではあまり意識しない言葉です。
けれども世界を見渡してみると、いたるところで争いは続き、人が人の命を奪う状況にあります。ロシアとウクライナ、イスラエルとガザの関係は悪化したままであり、年明けにはアメリカがベネズエラを攻撃し、ベネズエラの大統領を拘束しています。そのただ中にいる人たちにとっては、「敵」は憎む者であって、愛するなどとんでもないということになるのでしょう。 自分と違う意見や考えの人を「敵」とみなすならば、その人を受け入れるのは容易なことではありません。その敵を愛するということは、その人の違いを受け入れ、その人を受け入れることなのです。そのことを大切にできれば、本当にうれしいことです。 |
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| 司祭 マタイ古本靖久 |