2024年12月号 | ||||
体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。(コリントの信徒への手紙一12章12節) | ||||
先日、わたしが司牧する奈良基督教会で「エキュメニカル礼拝&バーベキュー」というイベントをおこないました。奈良にある教会に案内を送り、50名以上の方々と共に賛美し、食卓を囲むことができました。
現在キリスト教会は、多くの教派に分かれています。それをもう一度一緒にすることを「エキュメニカル運動」というそうです。しかしわたしたちはそんな大それたことを考えていません。「違いがあっても一緒に楽しもうよ」という思いだけです。 わたしたちは自分と、考え方などの様々な違いがある人と関わることが苦手なときがあります。国籍や民族、宗教などの違いもそうです。それは、自分を変えるのがしんどいからです。 聖書はわたしたちの交わりを、人の体にたとえて語ります。それぞれの体の部分はそれぞれ違います。でもいずれも、必要な部分です。みんなと違ったっていい。隣の人と同じ必要はない。あなたはあなたのままで、大切なんだよ。そう聞こえてくるようです。 |
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司祭 マタイ古本靖久 |