
| 10月 21日「サムエル記下3:22〜30」 | ||||
| ヨアブは王のもとに行き、こう言った。「どうなさったのです。アブネルがあなたのもとにやって来たのに、なぜ送り出し、去らせてしまわれたのですか。 (サムエル記下3章24節) |
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| ユダの王ダビデとイスラエルの司令官アブネルは、契約を結ぶ方向で平和の内に別れました。そこへダビデの家臣ヨアブが帰ってきます。ヨアブは2章15節からの戦いで、ダビデの家臣を率いていた人物です。 | ||||
| ヨアブはその戦いで、弟アサエルをアブネルに殺されました。ヨアブは二つの理由でアブネルを受け入れることができませんでした。一つは弟アサエルの仇として、そしてもう一つは軍の司令官としての自分の立場を守るためです。 | ||||
| ヨアブはダビデに伝えることなく、アブネルをヘブロンに呼び戻します。そしてアブネルを暗殺するのです。ダビデは困ったことでしょう。イスラエルと友好的に契約しようとしていたからです。ダビデはこの暗殺は自分とは関係ないと強く表明します。 | ||||
| 10月 22日「サムエル記下3:31〜39」 | ||||
| すべての兵士、そして全イスラエルはこの日、ネルの子アブネルが殺されたのは王の意図によるものではなかったことを認めた。 (サムエル記下3章37節) |
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| ダビデの意図に反し、イスラエルの司令官アブネルは暗殺されました。このようなときに指導者は、報復が起きないように力を注がなければなりません。ダビデはアブネルを悼むことで悲しみを表現し、この暗殺が王の意図ではないことを示しました。 | ||||
| 裏切りや一方的な侵略が一般的だったこの時代、ダビデのアブネルに対する敬意は珍しい者でした。暴君ではなく人々を羊飼いとして導く姿がここに描かれているようです。ただ一つ、気がかりなことがあります。 | ||||
| それはヨアブの気持ちです。ヨアブは弟のこともあったでしょうが、ダビデ王が欺かれないようにという思いがありアブネルを殺害しました。しかしここではダビデと一緒に、アブネルを悼むように促されます。多分納得いかなかったことでしょう。 | ||||
| 10月 23日「サムエル記下4:1〜12」 | ||||
| まして、自分の家の寝床で休んでいた正しい人を、神に逆らう者が殺したのだ。その流血の罪をお前たちの手に問わずにいられようか。お前たちを地上から除き去らずにいられようか。」 (サムエル記下4章11節) |
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| アブネルの死は、イスラエルの人たちをおびえさせます。というのもアブネルは司令官、つまり軍のトップであったからです。イスラエルの王はまだイシュ・ボシェトのままでしたが、彼も力を落とします。 | ||||
| そんな中、略奪隊の長であるバアナとレカブが寝室で昼寝をしているイシュ・ボシェトを突き刺して殺してしまいます。彼らはイスラエル王の首を手土産に、ダビデ軍に徴用されようと考えたのでしょう。 | ||||
| ところがダビデは、彼らを厳しく罰しました。サウル王が死んだときも、とどめを刺したアマレク人は処刑されました。今回は暗殺です。そのときよりも残酷な処刑方法が取られました。彼らはダビデの心を読み間違えたのです。 | ||||
| 10月 24日「サムエル記下5:1〜5」 | ||||
| イスラエルの長老たちは全員、ヘブロンの王のもとに来た。ダビデ王はヘブロンで主の御前に彼らと契約を結んだ。長老たちはダビデに油を注ぎ、イスラエルの王とした。 (サムエル記下5章3節) |
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| ダビデはついに、イスラエルの王になりました。ただ考えてみると、サウル、ヨナタン、アブネル、イシュ・ボシェトといったダビデがイスラエルの王になるために障害となる人物は、みなダビデ以外の人物によって排除されていきました。 | ||||
| ダビデは自分の手を汚すことなく、イスラエルの王位についたのです。そのことは、「神さまがダビデを王として選んだ」ことを示します。この箇所でも、イスラエルの全部属がダビデに対して願ったのです。 | ||||
| ユダの王であったダビデは、あわせてイスラエルの王ともなりました。30歳から40年間、その統治は続きました。しかし彼が王になっても、イスラエルには様々な問題が起こっていくのです。 | ||||
| 10月 25日「サムエル記下5:6〜12」 | ||||
| ダビデはこの要害に住み、それをダビデの町と呼び、ミロから内部まで、周囲に城壁を築いた。 (サムエル記下5章9節) |
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| ダビデはエルサレムに行き、その地に住んでいたエブス人を攻めます。当時のエルサレムは古代都市で、そこにはまだ神殿はありませんでした。また「シオンの要害」という記述がありますが、シオンはエルサレムと同じ意味になります。 | ||||
| エルサレム(シオン)は、ダビデの町となりました。彼は水くみのトンネルを通って町に入ります。水路として掘ったトンネルに忍び込んだのか、それはよくわかりませんが、エルサレムは高台にあったので水の確保は大変だったと思います。 | ||||
| 気になるのは、「目の見えない者、足の不自由な者」という記載です。彼らがダビデを特別に憎んだというわけではないものの、結果的に彼らを後に出来る神殿から追い出すこととなりました。とても厳しい差別的記載と言わざるを得ません。 | ||||
| 10月 26日「サムエル記下5:13〜16」 | ||||
| ダビデはヘブロンから移った後、エルサレムでも妻をめとり、側女を置いたので、息子や娘が更に生まれた。 (サムエル記下5章13節) |
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| この時代、王や権力者、また財産を多く持つ人たちは複数の妻、そして側女を持つことが多くありました。わたしたちの社会では少し違和感がありますが、そうするには理由がありました。 | ||||
| それは経済力がある人物がたくさんの子孫を残すことによって、民族の力を保つということです。また多くの女性を力のある人が養うことも、社会にとってプラスだと考えられていました。 | ||||
| 現在でもイスラム教では、一夫多妻制を認めているそうです。さてエルサレムで生まれたダビデの子どもの中に、ソロモンの名前があります。まだ彼は生まれていませんが、ヘブロンで生まれた子とあわせて17人もの息子がダビデにはいたことになります。 | ||||
| 10月 27日「サムエル記下5:17〜25」 | ||||
| ダビデが主に託宣を求めると、次のように答えられた。「攻め上らず、背後に回れ。バルサムの茂みの反対側から敵に向かえ。 (サムエル記下5章23節) |
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| ダビデがイスラエルの王になって、ペリシテ人との戦いが起こります。イスラエルとペリシテ人は何度も戦ってきました。そしてサウル王とその息子ヨナタンは、ペリシテ人によって討ち取られました。(サムエル記上31章) | ||||
| ペリシテの人々は、新しくイスラエルの王になったダビデも討ち取りたいと思ったのでしょう。彼らはレファイムの谷に陣を広げます。それを迎え撃つダビデ。ただサウルのときと違ったのは、ダビデが神さまに一回一回託宣を求めたことです。 | ||||
| あるときは「攻め上れ」と命じ、またあるときは「攻め上らず、背後に回れ」と命じる神さまの言葉通り、ダビデは行動します。そして主の命じられた通りに、ついにペリシテ人を討ち滅ぼすことになったのです。 | ||||
| 10月 28日「サムエル記下6:1〜11」 | ||||
| 彼らは神の箱を新しい車に載せ、丘の上のアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子ウザとアフヨがその新しい車を御していた。 (サムエル記下6章3節) |
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| サムエル記上6章でペリシテ人から戻された神の箱は、長い間アビナダブの家にありました。ダビデがイスラエルの王になった今、その神の箱をダビデの町に移すことを決意します。しかしそこには大きな危険もありました。 | ||||
| それは運ぶのに、とても注意が必要だということでした。民数記4章15節には宿営の移動の際、聖なるものに触れて死を招くことがあってはならないと書かれています。神の箱に触れることは、死を意味していたのです。 | ||||
| アビナダブの子ウザは、牛がよろめいたときに神の箱に手を触れてしまいました。その結果神さまはウザを打たれ、ウザは死んでしまいます。ダビデは怒り、神の箱をダビデの町ではなくガト人オベド・エドムの家に運びこみます。 | ||||
| 10月 29日「サムエル記下6:12〜19」 | ||||
| ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げた。 (サムエル記下6章15節) |
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| 3カ月の間、神の箱はガト人オベド・エドムの家にありました。すると主は、その家に祝福を与えます。それを知ったダビデは、やはりイスラエルに神の箱が必要だと確信したのでしょう。ダビデの家(エルサレム)に神の箱を再び移動しようとします。 | ||||
| 今回はかなり、慎重に行動します。主の箱を担ぐ者が6歩進むと、ダビデは肥えた雄牛をいけにえとしてささげます。さたにダビデは力のかぎり踊るのです。この光景はしかし、サウルの娘ミカルにはあまりよく映っていなかったようです。 | ||||
| 賛美のときに、大きく体を揺らして喜びを表現することがあります。しかしその様子を、冷めた目で見られることもあります。ダビデも必死で神さまに喜びを伝えようとしているだけなのに、少しかわいそうです。 | ||||
| 10月 30日「サムエル記下6:20〜23」 | ||||
| わたしはもっと卑しめられ、自分の目にも低い者となろう。しかし、お前の言うはしためたちからは、敬われるだろう。」 (サムエル記下6章22節) |
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| 神の箱の前で全力で踊るダビデは、しかも裸だったようです。その姿は王のものではないと、ミカルはダビデに言います。ミカルはダビデの妻になっていました。しかしここでは妻という言葉は一切出て来ず、「サウルの娘」としか書かれません。 | ||||
| 彼女は王の妻として、不適格だったということでしょうか。彼女はその後ダビデとの間に子を持つことなく、死を迎えることになります。王女であった彼女は、プライドが高かったのかもしれません。 | ||||
| ここでのダビデの言葉、「わたしはもっと卑しめられ、自分の目にも低い者となろう」に目を留めたいと思います。彼は高い場所にいる王を目指しませんでした。民衆の下で支える、そのような指導者が理想なのかもしれません。 | ||||
| 10月 31日「サムエル記下7:1〜7」 | ||||
| 「わたしの僕ダビデのもとに行って告げよ。主はこう言われる。あなたがわたしのために住むべき家を建てようというのか。 (サムエル記下7章5節) |
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| ダビデは無事に神の箱をダビデの町(エルサレム)に運び入れました。しかしその神の箱は、天幕の中に置かれたままでした。当時まだ「エルサレム神殿」は建てられていませんでした。 | ||||
| そこでダビデ王は、預言者ナタンに神の箱を入れる家を建てたいと相談します。最初ナタンは、「心にあることは何でも実行なさるとよいでしょう」と肯定します。しかしこれは、人間ナタンの思いだったようです。 | ||||
| 神さまはその夜、ナタンに「神の箱の家など必要ない」と告げられます。これが神さまの思いです。ただ後に神殿が建てられることになりますので、「今はその時ではない」という意味でしょう。ちなみにここに出てくる預言者ナタンは、この先大切な役割を果たします。 |