
| 10月 11日「サムエル記上31:8〜13」 | ||||
| 翌日、戦死者からはぎ取ろうとやって来たペリシテ軍は、サウルとその三人の息子がギルボア山上に倒れているのを見つけた。 (サムエル記上31章8節) |
||||
| イスラエルの一つの時代が終わりました。イスラエルの初代国王であったサウルが死んだのです。イスラエルの人たちは王とその息子たちが死んだのを知って、町を捨てて逃げ去ってしまいます。 | ||||
| サウルが自害したために、最初ペリシテ軍はサウルが死んだことに気づいていなかったのかもしれません。当時戦死者から武具などをはぎ取る行為は、当たり前のようにおこなわれていたことでしょう。 | ||||
| サウルたちの武具が特別だったのか、サウルの背が高かったために気づいたのか、サウルと息子たちの遺体は運ばれ、城壁にさらされます。ヤベシュの住人がその遺体を持ち帰るまで、その仕打ちは続きました。サウルの死をもって、サムエル記上は幕を閉じます。 | ||||
| 10月 12日「サムエル記下1:1〜10」 | ||||
| 三日目に、サウルの陣営から一人の男がたどりついた。衣服は裂け、頭に土をかぶっていた。男はダビデの前に出ると、地にひれ伏して礼をした。 (サムエル記下1章2節) |
||||
| 今日から、サムエル記下に入ります。上巻と下巻とは、サウルの死によって分けられているように思います。サウルが死んだとき、ダビデはアマレク人を討ってツィクラグに帰りました。それから三日目に、一人の男が来ます。 | ||||
| その男はサウルの陣営にいたアマレク人でした。彼はサウル王とその息子ヨナタンが死んだことをダビデに告げます。さらに彼は、痙攣が起こったものの死にきれないサウル王に頼まれ、そのとどめを刺したと告げます。 | ||||
| さらにそのアマレク人は、ダビデにサウル王の王冠と腕輪を渡します。死体から取ったのでしょう。彼は良かれと思って、「王であるしるし」をダビデの元に持って来たようです。しかしそれを受け取るダビデの心は、アマレク人の期待通りとはなりませんでした。 | ||||
| 10月 13日「サムエル記下1:11〜16」 | ||||
| ダビデは彼に言った。「主が油を注がれた方を、恐れもせず手にかけ、殺害するとは何事か。」 (サムエル記下1章14節) |
||||
| サウル王がダビデを憎み、殺そうと狙っていたことは、サウル王の陣営にいたこのアマレク人は知っていたのでしょう。だからサウル王が死んだという知らせをダビデは歓迎し、王の証しである王冠を喜んで受け取ると思ったのかもしれません。 | ||||
| ところがダビデは、サウルとヨナタンの死を心から悼みました。自分の衣を引き裂き、共にいた者と共に夕暮れまで断食しました。ダビデにとって王位とは神さまから与えられるものであって、自分の力で手に入れるものではないのです。 | ||||
| アマレク人はサウルの死の知らせと王冠などを持って行くことで、褒美をもらうことを期待していました。しかし彼が与えられたものは死でした。主が油注いだ者に手を掛けることを、ダビデは強く非難したのです。 | ||||
| 10月 14日「サムエル記下1:17〜27」 | ||||
| あなたを思ってわたしは悲しむ 兄弟ヨナタンよ、まことの喜び 女の愛にまさる驚くべきあなたの愛を。 (サムエル記下1章26節) |
||||
| ダビデはサウル王とヨナタンを悼み、「弓」という歌を詠みます。そしてこの歌を、ユダの人々に教えるように伝えます。ダビデと弓というと、ヨナタンと別れるときの物語(サム上20:16〜23)を思い出します。 | ||||
| ダビデはサウル王を憎んでいなかったのでしょうか。何度も命を狙われ、国を追われたダビデですが、彼はサウル王のためにこの歌を詠みます。「初代イスラエルの王」としてのサウルに、敬意を表しているのです。 | ||||
| そしてダビデは、愛する兄弟ヨナタンのためにも歌を詠みます。血縁関係はないものの、ヨナタンとダビデとはそれ以上の愛で結ばれていました。共に歩むことが許されなかった二人。ダビデの悲しみが伝わってくるようです。 | ||||
| 10月 15日「サムエル記下2:1〜7」 | ||||
| ダビデは彼に従っていた兵をその家族と共に連れて上った。こうして彼らはヘブロンの町々に住んだ。 (サムエル記下2章3節) |
||||
| サウルが亡くなった今、サムエル記上16章ですでに油を注がれていたダビデが新しいイスラエル王になるかといえば、そうではありませんでした。なぜならその油注ぎは、サウルなどのいない場所でおこなわれていたからです。 | ||||
| いわば、「ヤミの王」とでもいいましょうか。その状況の中、ダビデは神さまに託宣を求めます。ダビデは自分の今後は、神さまによって導かれるべきだと考えたからでしょう。神さまが示したのは、ユダの町ヘブロンでした。 | ||||
| ユダの人々はダビデに油を注ぎ、「ユダの家の王」とします。日本の戦国時代でいえば、地方の藩主といった感じでしょうか。ここからユダの王となったダビデ王家の物語が始まっていくのです。 | ||||
| 10月 16日「サムエル記下2:8〜14」 | ||||
| サウルの子イシュ・ボシェトは四十歳でイスラエルの王となり、二年間王位にあった。だが、ユダの家はダビデに従った。 (サムエル記下2章10節) |
||||
| よくダビデのことを、「サウル王に次ぐ二代目のイスラエル王」ということがあります。しかし今日の聖書の箇所で分かるように、二代目イスラエル王はサウルの子であるイシュ・ボシェトでした。 | ||||
| ダビデはユダの人々(民衆)によって立てられた民主的な王でした。しかしイシュ・ボシェトは、司令官アブネルによって立てられた政治的な王と言えるでしょう。イスラエルの王の擁立に、ユダだけが従わなかったと言えます。 | ||||
| この状況が数年続きますが、それはイスラエルにとってはあまり好ましくないものでした。そこでイスラエル側からは司令官アブネルらが、そしてユダ側からはダビデの家臣がギブオンで出会い、若者に勝負させることにします。とりあえずいきなりの戦争は避けました。 | ||||
| 10月 17日「サムエル記下2:15〜32」 | ||||
| アブネルは重ねてアサエルに言った。「追うのはやめてくれ。お前を地に打ち倒すわけにはいかない。お前の兄、ヨアブに顔向けできないではないか。」 (サムエル記下2章22節) |
||||
| イスラエル(ベニヤミン族とサウルの子イシュ・ボシェト側)とユダ(ダビデの家臣)の若者12人ずつが出ていき、戦います。しかしこの戦いは、死をもたらすものです。その12人だけで終わるはずもありませんでした。 | ||||
| それは激しい戦いへと変わり、アブネルとイスラエルの兵はダビデの家臣に打ち負かされます。そこでイスラエルの司令官アブネルは、マナハイムへと敗走していきます。なおダビデの家臣の中にはツェルヤの子ヨアブ、アビシャイ、アサエルがいました。 | ||||
| アサエルは足が速く、アブネルを追います。しかし兵士としての能力は高くなかったようです。アブネルは同胞だったヨアブの弟を殺すのをためらいますが、アサエルは最後まで諦めず、結局命を落としてしまいます。そのほかの戦いは、ユダ側の勝利で終わりました。 | ||||
| 10月 18日「サムエル記下3:1〜5」 | ||||
| サウル王家とダビデ王家との戦いは長引いたが、ダビデはますます勢力を増し、サウルの家は次第に衰えていった。 (サムエル記下3章1節) |
||||
| イスラエルの初代王サウルがどのように政治をおこなっていたかはわかりませんが、王の死後に権力争いがおこっているところを見ると、後継者育成はあまりしていなかったようです。強大な権力者にありがちなことです。 | ||||
| ダビデ王家は力を増していき、イシュ・ボシェトが王となったサウル家は衰えていきます。しかし聖書は一気にダビデの元に王権が移ったとは書きません。王位は奪い取るものではなく、あくまでも神さまから与えられるものだからです。 | ||||
| ヘブロンではダビデの息子が生まれます。アムノン、キリアブ、アブサロム、アドニア、シェファトヤ、イトレアムの6人です。ダビデの息子の中で一番有名なソロモンは、まだ登場しません。ただこの6人の間にも、後に問題が生じていきます。 | ||||
| 10月 19日「サムエル記下3:6〜13」 | ||||
| わたしは王権をサウルの家から移し、ダビデの王座をダンからベエル・シェバに至るイスラエルとユダの上に打ち立てる。」 (サムエル記下3章10節) |
||||
| 物語は急展開を迎えます。そのきっかけは、イスラエルの司令官アブネルの行動でした。彼は亡きサウル王の側女と通じたのです。その行為は、自分が王権を実質的に握っていることを誇示することでした。 | ||||
| イシュ・ボシェトはそのことを批判します。王である自分よりも上に立とうとするアブネルに対して、恐れを感じたのかもしれません。しかしそれに対しアブネルは、「ダビデの王座をイスラエルとユダの上に打ち立てる」と宣言したのです。 | ||||
| この裏切りとも言える宣言に対し、イシュ・ボシェトは言葉を返すことさえできませんでした。そしてその宣言の通り、アブネルはダビデに使者を送ります。ダビデと契約を結ぶことで、自分の司令官としての地位を保とうと考えたのでしょう。 | ||||
| 10月 20日「サムエル記下3:14〜21」 | ||||
| イシュ・ボシェトは人をやって、ミカルをその夫、ライシュの子パルティエルから取り上げた。 (サムエル記下3章15節) |
||||
| アブネルの使者の言葉を聞いたダビデは、イスラエルの本気度を試します。サムエル記上18章20〜30節でダビデは、サウル王の二番目の娘ミカルを妻としました。しかしミカルはダビデの逃亡に手を貸した後、他の男性の妻になっていました。 | ||||
| いわば「王家の娘」を妻とすることで、ダビデはイスラエルの正当な跡継ぎともなります。このことはイシュ・ボシェトにとって脅威だったことでしょう。しかしアブネルもイシュ・ボシェトも、その申し出通りにミカルをダビデに渡します。 | ||||
| そしてアブネルは20人の部下を連れ、ダビデの元へ行きます。迎えるダビデは酒宴を催し、すべてが平和の内におこなわれていきます。昨日の敵は今日の友、とでも言うのでしょうか。しかしそこで終わらないのが、聖書の物語なのです。 |