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日ごとの聖書

ショートメッセージ 〜2026年10月1日〜10日

10月 1日「サムエル記上26:21〜25」
今日、わたしがあなたの命を大切にしたように、主もわたしの命を大切にされ、あらゆる苦難からわたしを救ってくださいますように。」
(サムエル記上26章24節)
サウルの「わたしが誤っていた」という言葉を、ダビデは信じることができたのでしょうか。24章でもそうでしたが、これまでもサウルは何度もダビデと和解し、関係が修復されたように思えたからです。
このとき「わが子ダビデよ、帰って来なさい」というサウルの呼びかけを聞いても、ダビデはサウルの元に行かずに従者を一人よこすように告げます。槍と水差しを返すためです。さすがに自らサウルの元には行きませんでした。
ダビデは寛大な心で、サウルに語ります。ただ「主もわたしの命を大切にされ、あらゆる苦難からわたしを救ってくださいますように」という祈りは、サウルのためのものではなく、ダビデ自身のためのものです。これでサウルは、ダビデを追うのをあきらめたでしょうか。
10月 2日「サムエル記上27:1〜12」
 ダビデとその兵は上って行っては、ゲシュル人、ゲゼル人、アマレク人を襲った。昔からこれらは、シュルからエジプトの地に至る地方の住民であった。
(サムエル記上27章8節)
26章でサウルを寛大に扱ったダビデですが、きっとまたサウルは自分を襲うに違いないと考えます。それはそうでしょう。何度も命を狙われてきたからです。落ち着いて眠ることもままなかったでしょう。
ダビデが選んだ場所は、イスラエルの宿敵ともいえるペリシテの地でした。旧約聖書にはイスラエルとペリシテ人との戦いが何度も出てきます。いくらサウルでも、ペリシテに手を出すことは考えられませんでした。
しかしダビデには、ガトの王アキシュの信頼を得る必要があります。ゲシュル人やゲゼル人、アマレク人を襲いながら、「ユダのネゲブを」などとウソを言います。イスラエルに反目している自分を演出しようとしたのでしょう。
10月 3日「サムエル記上28:1〜10」
サムエルが死んだ。全イスラエルは彼を悼み、彼の町ラマに葬った。サウルは、既に国内から口寄せや魔術師を追放していた。
(サムエル記上28章3節)
まず2節までの記事を見ましょう。ここではペリシテ人のガトの王アキシュがダビデに対して、一緒に戦陣に加わろうという提案をしています。前回の箇所でダビデは、ユダを襲っているように装っていました。しかしアキシュが一緒にくれば、ごまかしはききません。
その結果の前に、聖書はサウルの物語に飛びます。サウルはペリシテ軍が攻める準備をしているのを見て恐れます。そこでサウルは、主に託宣を求めます。しかし夢によっても、ウリムによっても、預言者によっても主は答えることはありませんでした。
すでに神さまは、サウルから離れてしまっていたのです。以前はサムエルが神さまの思いを語っていました。しかしその頼みのサムエルは、死んでしまったのです。そこでサウルは「口寄せ」を利用することにします。
10月 4日「サムエル記上28:11〜19」
主は、わたしを通して告げられた事を実行される。あなたの手から王国を引き裂き、あなたの隣人、ダビデにお与えになる。
(サムエル記上28章17節)
主が託宣に答えてくれないので、サウルは口寄せのできる女に会うことにします。夜に、それも変装をして会いに行ったのには理由があります。それはそのような行為を聖書は禁じていたからです。
「口寄せや霊媒を訪れて、これを求めて淫行を行う者があれば、わたしはその者にわたしの顔を向け、彼を民の中から断つ。(レビ記20:6)」。その掟に従い、サウルは口寄せや魔術師を国内から追放していました。
しかし背に腹は代えられないというのでしょうか、サウルは口寄せの女に頼み、サムエルを呼び起こさせます。女は見事にサムエルを呼び寄せますが、サムエルはサウルに「王国はダビデに与えられる」ことを告げるのです。
10月 5日「サムエル記上28:20〜25」
 今度は、あなたがはしための声に聞き従ってください。ささやかな食事をあなたに差し上げますから、それを召し上がり、力をつけてお帰りください。」
(サムエル記上28章22節)
昨日の箇所でサウルはサムエルから、「王国がダビデに与えられる」ことだけではなく、「主はイスラエルの軍隊を、ペリシテ人の手に渡される」ことまで伝えられました。自分の王位だけではなく、イスラエルの国までも危機に陥ってしまったのです。
サウルはそのサムエルの言葉を聞いて、おびえてしまいます。そして地に倒れてしまいました。朝から何も食べていないこともその理由でした。そこで声を掛けたのは、先ほどサムエルを呼び寄せた口寄せの女性です。
彼女はサウルに食事を差し出し、食べるように勧めます。それも「わたしはあなたの言葉に従った。だから今度はあなたがわたしの言葉に従え」と迫ります。王と分かった今、こんなところで倒れられたら迷惑なことこの上ない、ということでしょうか。
10月 6日「サムエル記上29:1〜11」
『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』と人々が歌い踊ったあのダビデではないか。」
(サムエル記上29章5節)
28章の最初に、こう書かれていました。「そのころ、ペリシテ人はイスラエルと戦うために軍を集結させた」。ペリシテ人アキシュと一緒にいたダビデは、自分も一緒に戦うと言っていました。そうなるとダビデは、同胞を裏切ることになります。
しかしダビデは、ペリシテ軍を離れることになります。それはペリシテの武将たちがアキシュに対して、不満をぶつけたからです。ダビデはただのヘブライ人ではありませんでした。サウルの後継者として名を轟かせていた人物だったのです。
そこでアキシュは、ダビデに去るように説得します。ダビデは「王の敵であるイスラエルと戦う」思いをアキシュに伝えますが、その本心は分かりません。同胞と戦わずに済んだことを、内心喜んでいたのかもしれないのです。
10月 7日「サムエル記上30:1〜10」
 兵士は皆、息子、娘のことで悩み、ダビデを石で打ち殺そうと言い出したので、ダビデは苦しんだ。だが、ダビデはその神、主によって力を奮い起こした。
(サムエル記上30章6節)
ダビデと兵士たちは、アキシュに与えられていたツィクラグに戻ります。アキシュと共に戦おうとしていた彼らは、すべての兵士を連れて行ったのでしょう。その結果、ツィクラグの防御が手薄になってしまいました。
その機に乗じて、アマレク人がその地を襲います。アマレク人もペリシテ人同様、イスラエルの敵として聖書には何度も出てきます。彼らは兵士のいない町を襲い、焼き払い、女性や子どもたちを連れ去ってしまいます。
兵士たちはこの責任を、ダビデに負わせようとします。町の守りをおざなりにして、出陣したからです。しかしダビデはここで、主に託宣を求めます。どんな苦境の中でも、神さまの導きを求める。そのダビデの姿勢を聖書は描くのです。
10月 8日「サムエル記上30:11〜20」
ダビデはアマレク人が奪って行ったものをすべて取り戻し、二人の妻も救い出した。
(サムエル記上30章18節)
ダビデはツィクラグを襲ったアマレク人を、600人の兵と共に追います。しかし疲れのために、ベソル川のところで200人の落伍者が出ました。追跡を続けたのは、ダビデと400人の兵ということになります。
そこに一人のエジプト人がいました。彼はアマレク人の奴隷で、病のために主人に捨てられたそうです。ツィクラグに火をつけたのも自分たちだと、そのエジプト人の奴隷は素直に語りました。この時点でダビデに寝返る気満々だったようです。
そのエジプト人の案内によって、ダビデと兵はアマレク人がいる場所につきます。アマレク人は多くの戦利品があったため、お祭り騒ぎをしていました。そのためダビデたちは、簡単に攻めることができたようです。奪われた人たちは、無事に帰ってくることができました。
10月 9日「サムエル記上30:21〜30」
 ダビデに従って行った者の中には、悪意を持つならず者がいて、言った。「彼らは我々と共に行かなかったのだ。我々が取り戻した戦利品を与える必要はない。ただ妻と子供を受け取り、連れて行くがよい。」
(サムエル記上30章22節)
ダビデと400人の兵はアマレク人と戦い、無事妻や子ども、そして戦利品を携えてツィクラグに戻ってきました。途中のベソル川には、疲れて脱落した200人の兵たちが待っていたことでしょう。
400人の兵士の中には、「実際に戦ったのは我々だから、戦利品は我々だけで分けるべきだ」と言う人がいました。とても自然な考え方です。妻や子どもは返すわけですから、「悪意を持つならず者」とまで言われるのもどうかとは思います。
この箇所を読むと、「ぶどう園の労働者(マタイ20:1〜16)」を思い出します。「これだけの働きに対してそれなりの見返りがあって当然だ」と考えた労働者と、「戦利品を与える必要はない」というならず者。わたしたちはどう考えるべきでしょうか。
10月 10日「サムエル記上31:1〜7」
 従卒はサウルが死んだのを見ると、自分も剣の上に倒れ伏してサウルと共に死んだ。
(サムエル記上31章5節)
28章19節にこう書かれていました。「主はあなたのみならず、イスラエルをもペリシテ人の手に渡される。明日、あなたとあなたの子らはわたしと共にいる。主はイスラエルの軍隊を、ペリシテ人の手に渡される」。
サムエル記上の最後の章で、この言葉が実現します。ペリシテ軍はイスラエルと戦い、サウルの三人の息子を討ち取ります。とてもあっさりと書かれていますが、その息子の中にはダビデと契約を結んでいたヨナタンもいました。
サウルは直接ペリシテ軍に討ち取られませんでしたが、深手を負い、自らその命を絶つ選択をします。ペリシテ人のような「無割礼の者ども」には殺されたくないというのです。従卒はサウルを殺すことをためらいますが、サウルは剣の上に倒れ伏し、命を絶ちました。

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