
| 9月 11日「サムエル記上20:1〜15」 | ||||
| ヨナタンは言った。「そのような事は決してない。父があなたに危害を加える決心をしていると知ったら、必ずあなたに教えよう。」 (サムエル記上20章9節) |
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| サウルの元を逃れてラマのナヨトに行ったダビデでしたが、その場所はすぐにサウルに知られてしまいます。サウルはすぐにダビデを追いますが、サウルも預言状態になってダビデを捕らえることはできませんでした。 | ||||
| ダビデはすぐにナヨトから逃げ帰ります。そしてサウルの子、ヨナタンに会うのです。言わば、自分を狙っている人物のそばに行ったわけです。そこには危険を感じなかったのでしょうか。どこに行っても無駄だと思ったのでしょうか。 | ||||
| 逆に言うと、それほどダビデはヨナタンを当てにしていたということでしょう。しかしヨナタンには、父サウルのダビデに対する殺意は伝わっていませんでした。そこで二人は、サウル王の心を確かめることにします。 | ||||
| 9月 12日「サムエル記上20:16〜34」 | ||||
| だが翌日、新月の二日目にも、ダビデの場所が空席だったので、サウルは息子ヨナタンに言った。「なぜ、エッサイの息子は昨日も今日も食事に来ないのか。」 (サムエル記上20章27節) |
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| ダビデとヨナタンは、新月際の食卓にダビデがいないことにサウルが気づいたときに、ヨナタンの言葉にサウルがどう反応するかを確かめることにしました。ダビデはサウルの娘婿なので、新月際の食卓には必ずいなければなりません。 | ||||
| とはいっても殺されそうになったのに、ノコノコ食卓につく方が不自然だと思いますが。サウルは新月の二日目にもダビデがいないのを見て、ヨナタンに「なぜダビデは来ていないのか」と聞きます。 | ||||
| 「ダビデはベツレヘムに帰らせてほしいと言っている」とヨナタンがサウルに伝えたところ、サウルは激怒します。そのことはサウルがダビデを殺そうとしていることのしるしでした。ヨナタンは父サウルに言い返しますが、サウルはヨナタンさえも討とうとするのです。 | ||||
| 9月 13日「サムエル記上20:35〜42」 | ||||
| ヨナタンは言った。「安らかに行ってくれ。わたしとあなたの間にも、わたしの子孫とあなたの子孫の間にも、主がとこしえにおられる、と主の御名によって誓い合ったのだから。」 (サムエル記上20章42節) |
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| サウルがヨナタンに槍を投げつけた翌朝、ヨナタンは年若い従者を連れて、ダビデと取り決めた時刻に野に出ます。ダビデとヨナタンはあらかじめ、サインのようなものを決めていました。 | ||||
| その内容は昨日の箇所、20〜23節に書かれていますが、矢を三本放って従者に取ってこさせるというものです。取りに行ったときに、「手前にある」と言えばセーフ、「もっと先にある」と言えばアウトだということです。 | ||||
| ヨナタンは、「矢はお前のもっと先にある」と従者に言います。その言葉はダビデにとって、「逃げろ」という意味です。ダビデは従者が帰ったあとヨナタンの前に現れ、別れのあいさつを交わします。ダビデとヨナタンとの愛は、非常に深いものだったのです。 | ||||
| 9月 14日「サムエル記上21:1〜8」 | ||||
| 祭司はダビデに答えた。「手もとに普通のパンはありません。聖別されたパンならあります。従者が女を遠ざけているなら差し上げます。」 (サムエル記上21章5節) |
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| ダビデは町に戻ったヨナタンと別れ、サウルの元から逃れます。ダビデが向かった先は、ノブの祭司アヒメレクのところでした。ダビデはサウルの娘婿に当たるため、いわゆる「王家」の一人です。そのダビデが一人で行動していることに、アヒメレクは不安を覚えます。 | ||||
| ダビデは「サウル王に命じられて」とウソを言い、アヒメレクにパンを求めます。そこには聖別されたパンしかありませんでしたが、ダビデと従者の「清さ」を確認した後、アヒメレクはパンをダビデに渡します。 | ||||
| この出来事をイエス様は、マルコ福音書2章25〜26節で語ります。ただし大祭司の名は間違えられ、また律法を破ってもよいたとえとして語られていますが、このときのダビデは宗教上間違ったことはしていませんでした。 | ||||
| 9月 15日「サムエル記上21:9〜16」 | ||||
| そこで彼は、人々の前で変わったふるまいをした。彼らに捕らえられると、気が狂ったのだと見せかけ、ひげによだれを垂らしたり、城門の扉をかきむしったりした。 (サムエル記上21章14節) |
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| パンをもらったダビデは、さらに武器を求めます。そこにあったのは、17章でダビデが倒したゴリアトの剣でした。なぜそこに置かれていたのかは分かりませんが、ダビデはその剣を手にしてアヒメレクの元を去ります。 | ||||
| ダビデは、ガトの王アキシュのもとに行きました。ガトはペリシテ人の町です。イスラエルとペリシテ人とは、決して仲の良い関係ではありません。しかしダビデはその地を選び、身を隠すことにします。サウルの手も届かないだろうと思ったのでしょう。 | ||||
| ただダビデの名声は、アキシュの家臣にも届いていました。そのことを恐れ、ダビデは人々の前で気が狂ったように見せます。この辺の理解はなかなか難しいものですが、「力ある王」として振る舞えば、すぐに命を狙われたことでしょう。 | ||||
| 9月 16日「サムエル記上22:1〜10」 | ||||
| また、困窮している者、負債のある者、不満を持つ者も皆彼のもとに集まり、ダビデは彼らの頭領になった。四百人ほどの者が彼の周りにいた。 (サムエル記上22章2節) |
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| ダビデはガトを離れ、アドラムの洞窟に逃れます。彼はサウル王に追われる、いわば「お尋ね者」です。しかしダビデの元には困窮している者、負債のある者、不満を持つ者が集まってきました。 | ||||
| その様子は、イエス様の元に人々が集まった光景を思い起こさせます。そしてダビデは両親をモアブ王に託し、自分たちは預言者ガドが言うようにユダの地であるハレトの森に移って行きます。 | ||||
| サウルの耳にはダビデが現れたことだけでなく、400人もの人たちがダビデの元に集まったことも入ったことでしょう。こうなると王の心には、疑念が渦巻きます。誰が裏切者か、とても気になるのです。そしてエドム人ドエグによって、アヒメレクの行動が伝えられます。 | ||||
| 9月 17日「サムエル記上22:11〜19」 | ||||
| アヒメレクは王に答えた。「あなたの家臣の中に、ダビデほど忠実な者がいるでしょうか。ダビデは王様の婿、近衛の長、あなたの家で重んじられている者ではありませんか。 (サムエル記上22章14節) |
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| サウルは祭司アヒメレクたちを呼び出します。昨日の箇所でエドム人ドエグによって、ダビデと会っていたことが明かされたからです。ただアヒメレクにしてみるとこっそり会ったわけもなく、なぜ王は怒っているのだろう?と不思議だったことでしょう。 | ||||
| しかしサウルの「エッサイの子」という呼び方に、その怒りが込められているように思います。「ダビデ」という名を口にすることすら、腹立たしかったのかもしれません。アヒメレクは必死に「何故」と弁解をします。 | ||||
| アヒメレクの弁明を聞いても、サウルの怒りは静まりませんでした。サウルは死罪を命じますが、主の祭司です。王の家臣は手を下すことをためらいます。結局ドエグが祭司アヒメレクを討ちました。 | ||||
| 9月 18日「サムエル記上22:20〜23」 | ||||
| アヒトブの子アヒメレクの息子が一人、難を免れた。アビアタルという名で、彼はダビデのもとに逃れた。 (サムエル記上22章20節) |
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| サウルの命令により、アヒメレクを含む多くの人の命が奪われました。ここに出てくる亜麻布のエフォドとは、祭司が身に着ける装束の一つです。つまり祭司85人も殺されたということを聖書は伝えます。 | ||||
| その中で、難を逃れた人がいます。アヒメレクの息子アビアタルです。彼は後に書かれていますが、エフォドを携えた祭司でした。ダビデは自分がエドム人ドエグを見逃したことを認め、アビアタルの命を守る約束をします。 | ||||
| このように「自分が悪かった」と思い、語るダビデと、妬みからダビデを殺害しようと躍起になるサウルとが、とても対照的に描かれているように思います。こうしてアビアタルもダビデと共に行動するようになります。 | ||||
| 9月 19日「サムエル記上23:1〜5」 | ||||
| ダビデは再び主に託宣を求めた。主は答えられた。「立て、ケイラに下って行け。ペリシテ人をあなたの手に渡す。」 (サムエル記上23章4節) |
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| ダビデはサウル王から逃げ回ります。サウルはなぜここまで、ダビデを討つのに必死になっているのでしょうか。怒りや憎悪という感情は、心の中で増大することがあります。さらにサウルには、主からの悪霊も下っていました。 | ||||
| しかしそのような中、ユダのケイラをペリシテ人が襲っているという知らせが入ります。ダビデは今、自分の身に危険が迫っています。しかしケイラをほおっておくことができず、神さまに託宣を求めるのです。 | ||||
| 恐れる兵のために、ダビデは二度、託宣を求めました。神さまはペリシテ人からケイラを救うように伝えます。ダビデは神さまが言われるように戦いに赴き、ケイラの住民は救われました。自分の身の危険を冒してまでも、その人々を守ったのです。 | ||||
| 9月 20日「サムエル記上23:6〜14」 | ||||
| ダビデが、「ケイラの有力者らは、わたしと兵をサウルの手に引き渡すでしょうか」と尋ねると、主は「引き渡す」と言われた。 (サムエル記上23章12節) |
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| ケイラの人々を救ったダビデですが、ダビデがユダの町ケイラに来たことがサウルの耳に入ってしまいます。サウルはケイラを包囲しようと目論見ます。そのころダビデの元には、祭司アビアタルが同行していました。 | ||||
| 祭司が一緒にいたために、ダビデはいつも神さまにみ心を聞くことができました。エフォドとは、祭司が身に着けた前掛けのような衣装です。ダビデはサウルがケイラに来るのか、そしてケイラの人々は自分たちをサウルに引き渡すのかを問います。 | ||||
| ケイラの人々は、ダビデが自分たちをペリシテ人から救ってくれたにも関わらず、サウルに引き渡すだろうと主は言います。しかしダビデはそのことを非難することなく、ケイラを去ります。ケイラの人たちに危害が及ばないようにしたのでしょう。 |