
| 9月 1日「サムエル記上17:31〜40」 | ||||
| わたしは獅子も熊も倒してきたのですから、あの無割礼のペリシテ人もそれらの獣の一匹のようにしてみせましょう。彼は生ける神の戦列に挑戦したのですから。」 (サムエル記上17章36節) |
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| 兄たちのところに来たダビデはイスラエルの兵士に挑戦するゴリアトの姿を見て、周りの人たちに「あの男を討ち取る者はどうしてもらえるのか」と繰り返し聞いていました。そしてそのダビデの様子をサウル王に告げる者がいました。 | ||||
| サウルに召し寄せられたダビデは、自分が行ってゴリアトと戦うと告げます。サウルはダビデを見て、そんなことなどできないと言います。それはダビデがまだ少年であり、ゴリアトとは経験も体格も、かなりの差があったからでしょう。 | ||||
| しかしダビデは、「主が守ってくれる」と言います。16章の終わりに、ダビデが竪琴によってサウルから悪霊を追い出した記事がありました。サウルはそのときのことを思い出したのかもしれません。彼をゴリアトの元に行かせます。 | ||||
| 9月 2日「サムエル記上17:41〜47」 | ||||
| 彼は見渡し、ダビデを認め、ダビデが血色の良い、姿の美しい少年だったので、侮った。 (サムエル記上17章42節) |
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| サッカーなどで格下のチームが実力差のある強豪に勝利することを、ジャイアントキリング(ジャイキリ)と呼ぶことがあります。格下のチームの戦術がはまって起こることもあれば、強豪チームの油断によってそのような結果になることもあります。 | ||||
| ゴリアトはダビデを一目見て、侮りました。兜も鎧も外し、剣さえも持たないダビデ。その手には羊飼いの杖と五つの石が入った投石袋、そして石投げ紐だけがありました。これまで戦ってきた戦士とは、毛色の違う少年がやって来たのです。 | ||||
| しかしダビデは、ゴリアトにこう言います。「お前は剣や槍や投げ槍でわたしに向かって来るが、わたしはお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう」。ダビデは「この戦いは主のものだ」と宣言するのです。 | ||||
| 9月 3日「サムエル記上17:48〜54」 | ||||
| ダビデは石投げ紐と石一つでこのペリシテ人に勝ち、彼を撃ち殺した。ダビデの手には剣もなかった。 (サムエル記上17章50節) |
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| 戦いが始まりました。大相撲は立ち合いの良し悪しで勝負がほぼ決まるそうです。そのためお相撲さんは、立ち合いに全神経を使います。ダビデに近づいてくるゴリアトに対し、ダビデは「戦いの場」へと走っていきます。 | ||||
| 多分ダビデは、一直線にゴリアトに向かって行きませんでした。というのも彼は、「飛び道具」を持っていたからです。彼は羊を守るとき、いつもこのように攻撃をしていたのでしょう。一発でゴリアトを倒しました。 | ||||
| ダビデはゴリアトの剣で、ゴリアトにとどめをさしました。そしてペリシテ軍は逃げ出します。しかしいくら体格差があったとしても、一対一の勝負でいきなり飛び道具を使うのは、何だか卑怯のように思うのですが。 | ||||
| 9月 4日「サムエル記上17:55〜58」 | ||||
| ダビデがあのペリシテ人を討ち取って戻って来ると、アブネルは彼を連れてサウルの前に出た。ダビデはあのペリシテ人の首を手に持っていた。 (サムエル記上17章57節) |
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| この17章の記述を読むと、16章14〜23節でダビデとサウルが出会った出来事は忘れ去られているようにも思えます。聖書にはこのようなことがたびたび見られますが、それは様々な伝承が集められて出来たためだと言われています。 | ||||
| サウルはダビデがゴリアトを討ったのを見て、ダビデの素性を軍の司令官であるアブネルに聞きますが、彼は何も知りませんでした。16章でダビデを連れてきたサウルの家臣は近くにはいなかったのかもしれません。 | ||||
| サウルはダビデに、初対面のように聞きます。「お前は誰の息子か」と。当時イスラエルでは、家系がとても大事にされていたのでしょう。エッサイの息子であることを告げるダビデ。それを聞いても、サウルはピンとこなかったようです。 | ||||
| 9月 5日「サムエル記上18:1〜9」 | ||||
| ダビデがサウルと話し終えたとき、ヨナタンの魂はダビデの魂に結びつき、ヨナタンは自分自身のようにダビデを愛した。 (サムエル記上18章1節) |
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| ダビデは、イスラエルの兵士たちが恐れたゴリアトを討ち取りました。そしてサウルは、ダビデを召し抱えます。彼はダビデが父エッサイの家に帰るのを許しませんでした。ダビデとサウルが話し終わったあと、ダビデはサウルの息子ヨナタンと出会います。 | ||||
| ヨナタンはその英雄的な行動(14章)により、イスラエルでは大変な人気だったと思われます。また王の息子であるため、王位継承権もあると人々からは思われていたのかもしれません。 | ||||
| ヨナタンは、自分自身のようにダビデを愛します。そしてダビデと契約を結びます。しかし反面、ヨナタンの父サウルからはダビデは妬まれるようになります。それはダビデが手柄を立てすぎて、人々が彼をほめ讃えたすぎたからです。何事もほどほどがいいですね。 | ||||
| 9月 6日「サムエル記上18:10〜19」 | ||||
| イスラエルもユダも、すべての人がダビデを愛した。彼が出陣するにも帰還するにも彼らの先頭に立ったからである。 (サムエル記上18章16節) |
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| サウルは、人々が自分よりもダビデのことを評価しているように思い、激怒し悔しがります。そのサウルの心に、悪霊が降ります。その悪霊は、神さまから与えられたものでした。よくない思いを持つと、もっと悪い心になってしまうのです。 | ||||
| サウルは直接槍でダビデを突き刺そうとしますが、ダビデは二度、それをかわしました。もう主はサウルの元を離れ、ダビデと共におられたのです。しかしサウルはそれを受け入れることができず、ダビデを遠ざけようとします。 | ||||
| さらにダビデは戦いに行っては勝利を収め、人々に愛されます。そこでサウルは自分の娘メラブをダビデに嫁がせようとします。サウルはダビデを自分の婿にすることで、より危険な戦場に向かわせようとしたのでしょう。しかしその結婚は実現しませんでした。 | ||||
| 9月 7日「サムエル記上18:20〜30」 | ||||
| サウルの家臣はこれらの言葉をダビデの耳に入れた。ダビデは言った。「王の婿になることが、あなたたちの目には容易なことと見えるのですか。わたしは貧しく、身分も低い者です。」 (サムエル記上18章23節) |
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| サウルはもう一人の娘ミカルを使って、ダビデを自分の婿にしようとします。それはダビデと近しい親戚関係になりたいのではなく、ダビデを身内としてより危険な戦場に行かせるためでした。 | ||||
| ダビデは最初その申し出を断りますが、「王の望みは王の敵への報復のしるし」という言葉を聞いて、王の婿になることは良いことだと思い直します。そして王の求める倍のしるしを持ち帰るのです。 | ||||
| ダビデは純粋に、サウル王のために行動しました。どうしてもミカルと結婚したかったわけではなかったと思います。しかしサウルはこの出来事によっていっそうダビデを恐れ、敵意を抱くことになったのです。 | ||||
| 9月 8日「サムエル記上19:1〜8」 | ||||
| ヨナタンはダビデを呼んで、これをすべて彼に告げた。ヨナタンはサウルのもとにダビデを連れて行き、ダビデはこれまでどおりサウルに仕えることになった。 (サムエル記上19章7節) |
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| 18章3節にあったダビデとヨナタンとの契約の内容は書かれていませんが、父サウルの「ダビデを殺すように」という命令を聞いて、ヨナタンは二人の間に入ることを決意します。王の息子としては、あまり好ましくない行動かもしれません。 | ||||
| しかしヨナタンはまずダビデに、命を狙われている事実を知らせます。そして父サウルに、ダビデの功績を伝えます。イスラエルのために働き、大勝利を与えてきたダビデを殺すことは罪だと、父に告げるのです。 | ||||
| 父親にこのようなことを言うのは、タブーだったでしょう。しかしヨナタンはダビデを愛するが故に、面と向かって言うのです。そしてその言葉を、サウルは聞き入れました。しかし平安なときは、長くは続きませんでした。 | ||||
| 9月 9日「サムエル記上19:9〜17」 | ||||
| ミカルはテラフィムを寝床に置き、その頭に山羊の毛をかぶせ、それを着物で覆った。 (サムエル記上19章13節) |
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| 7節でダビデは再びサウルの元に仕えることになりましたが、その直後、9節で主からの悪霊がサウルに降ります。「主からの」という言葉が、とても印象的です。神さまはいったい何をなさりたいのでしょうか。 | ||||
| 18章10〜11節と同じようにサウルは槍でダビデを突き刺そうと狙いますが、ダビデはそれを避け、逃げます。さらにサウルの娘でダビデの妻となったミカルは、翌日ダビデが殺されることになっているのを知り、夫ダビデを窓からつり下ろして逃がします。 | ||||
| テラフィムとは家の守り神のようなもので、等身大のものもあったようです。ミカルはそれを用いて難を逃れます。しかも父サウルに、「ダビデに脅された」とウソまでついて。サウルは婿だけではなく、娘まで失ってしまったのです。 | ||||
| 9月 10日「サムエル記上19:18〜24」 | ||||
| 逃げて難を避けたダビデは、ラマのサムエルのもとに行って、サウルの仕打ちをすべて報告した。サムエルとダビデはナヨトに行き、そこにとどまった。 (サムエル記上19章18節) |
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| ダビデはラマにいたサムエルの元に向かいます。そういえばこの書は、「サムエル記」でした。主人公のようで、かなり出番が減っています。ダビデはサムエルに、サウルの仕打ちを報告します。そして二人はナヨトという場所に行きます。 | ||||
| しかしサウルは王です。その情報網は素晴らしいものでした。すぐに彼らがラマのナヨトにいるという知らせがサウルの元に入ります。サウルはすぐに、ダビデを捕らえるために使者を遣わすのです。0 | ||||
| しかしその使者は、サムエルを先頭とする預言者の集団に出会ったときに、自分たちも預言する状態になってしまいます。それが三度繰り返され、最後にはサウルも預言する状態に陥ります。いわゆる恍惚状態になってしまい、前後不覚に陥るのです。 |