
| 8月 21日「サムエル記上15:1〜9」 | ||||
| 万軍の主はこう言われる。イスラエルがエジプトから上って来る道でアマレクが仕掛けて妨害した行為を、わたしは罰することにした。 (サムエル記上15章2節) |
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| サムエルはサウルに、主が語られたことを伝えます。それは、アマレクを討てというものです。出エジプト記17章8〜16節に「アマレクとの戦い」という記載がありますが、その最後にはこのように書かれています。 | ||||
| 「彼らは主の御座に背いて手を上げた。主は代々アマレクと戦われる」。そこからカナンに入り、ヨシュア記、士師記と時代は流れます。しかし神さまは、「わたしは罰することにした」と決断されるのです。 | ||||
| 何とも、執念深い神さまです。サウルはその命令通りにアマレクを討ちますが、すべてを滅ぼし尽くさずに、アガク王を始め、羊や牛の最上のものなどを惜しみます。そしてその行為は、主の怒りを買うことになります。またまた怖い神さまです。 | ||||
| 8月 22日「サムエル記上15:10〜16」 | ||||
| 「わたしはサウルを王に立てたことを悔やむ。彼はわたしに背を向け、わたしの命令を果たさない。」サムエルは深く心を痛め、夜通し主に向かって叫んだ。 (サムエル記上15章11節) |
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| サウルが犯した過ちは、「滅ぼし尽くせ」と命じられたにもかかわらず、上等のものを取っておいたことです。サウルはそれを兵士のせいにし、また主への供え物にしようとしたと言い訳をしますが、サムエルの怒りは収まりません。 | ||||
| サムエルはそこで羊の声や牛の声を聞きます。しかしサウルは主のみ声を聞くことができなかったのです。主はサウルを王に立てたことを悔やみ、そしてサムエルは深く心を痛め、夜通し主に向かって叫びました。 | ||||
| サウルには神さまの悲しみやサウルの叫びさえも、聞こえなかったのでしょう。物事の重大さにまだ気づいていないように見えます。わたしたちにも誰かの熱い思いや祈りに気づかずに、自分勝手な行動を起こしてしまうことはないでしょうか。 | ||||
| 8月 23日「サムエル記上15:17〜23」 | ||||
| サムエルは言った。「主が喜ばれるのは 焼き尽くす献げ物やいけにえであろうか。むしろ、主の御声に聞き従うことではないか。見よ、聞き従うことはいけにえにまさり 耳を傾けることは雄羊の脂肪にまさる。 (サムエル記上15章22節) |
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| サウルはサムエルの言葉を聞いても、神さまの怒りをなかなか受け入れることができなかったようです。「わたしは主の御声に聞き従いました。主の御命令どおりに出陣して、アマレクの王アガグを引いて来ましたし、アマレクも滅ぼし尽くしました」。 | ||||
| このサウルの言葉が、すべてを物語っています。「自分はちゃんと神さまの言いつけを守りました」というサウルに対し、サムエルは「いけにえが大切なのではなく、み声に聞くことこそ大事だ」と説きます。 | ||||
| わたしたちも形式的なことに目を奪われずに、心から神さまのみ声に聞く者となりたいと思います。礼拝や式文の祈りだけで満足することなく、神さまが何を伝えようとしているのかを祈り求める。それが大事なのです。 | ||||
| 8月 24日「サムエル記上15:24〜35」 | ||||
| サムエルは彼に言い渡した。「今日、主はイスラエルの王国をあなたから取り上げ、あなたよりすぐれた隣人にお与えになる。 (サムエル記上15章28節) |
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| サムエルはようやく、自分の罪に気づき、それを認めます。「わたしは、主の御命令とあなたの言葉に背いて罪を犯しました」。しかし続けて、こう言います。「兵士を恐れ、彼らの声に聞き従ってしまいました」。 | ||||
| エデンの園で神さまから食べてはいけないと言われていた実を食べたアダムがエバのせいにし、エバが蛇のせいにした物語を思い出します。サウルは王としてイスラエルのすべてのおこないに責任を持つべきでしたが、それができませんでした。 | ||||
| 神さまは、あなたをイスラエルの王位から退けられると、サムエルはサウルに伝えます。イスラエル初代の王、サウルはここで事実上失脚しました。ここから物語の主人公は、新しい王となっていきます。 | ||||
| 8月 25日「サムエル記上16:1〜5」 | ||||
| サムエルは主が命じられたとおりにした。彼がベツレヘムに着くと、町の長老は不安げに出迎えて、尋ねた。「おいでくださったのは、平和なことのためでしょうか。」 (サムエル記上16章4節) |
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| 15章でサウル王は、主の命令に背きました。そのために主の霊はサウル王から離れ、またサムエルもサウルとはもう会わないと決めました。そして神さまは、サウルを王としたことを悔いられていました。 | ||||
| その中で、主なる神さまはサムエルに語ります。その内容は、エッサイの子の中に王となるべき者を見出したというものです。エッサイは、ルツ記に出てきたボアズとルツの孫にあたる人物です。クリスマスの聖歌でも、「エッサイの根より」と歌われます。 | ||||
| そこでサムエルはベツレヘムに向かいますが、町の長老は不安に襲われます。というのもサムエルの手には油を満たした角があり、それは新たな王を聖別する道具だからです。政治的な緊張を、ベツレヘムの長老は感じたのです。 | ||||
| 8月 26日「サムエル記上16:6〜13」 | ||||
| しかし、主はサムエルに言われた。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」 (サムエル記上16章7節) |
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| 「牧師にふさわしい人」、そう言われると、どのような人を思い浮かべるでしょうか。背が高く、いつもニコニコ、弁がたち、オーラがあり、リーダーシップがあり…。数え上げるとキリがありません。 | ||||
| エッサイの息子エリアブが連れて来られたとき、サムエルはこの人こそ王にふさわしいと思いました。しかし神さまの思いは違ったのです。7人の息子はいずれも神さまの目には適わず、あとは羊の番をしているダビデだけでした。 | ||||
| なぜエッサイは、ダビデを最初から呼んでいなかったのでしょうか。まだ若く、会食の席にはふさわしくないと思ったのかもしれません。しかし神さまの思いは、わたしたち人間の思いをはるかに超えるのです。サムエルはダビデに、油を注ぎました。 | ||||
| 8月 27日「サムエル記上16:14〜23」 | ||||
| 神の霊がサウルを襲うたびに、ダビデが傍らで竪琴を奏でると、サウルは心が安まって気分が良くなり、悪霊は彼を離れた。 (サムエル記上16章23節) |
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| ここで聖書は、サウルとダビデとの最初の出会いを描きます。このときサウル王は、ダビデがサムエルによって「油注がれた者」となったことは知らなかったのでしょう。サウルの家臣が勧めるままに、ダビデと出会います。 | ||||
| サウル王は主の霊が離れたこともあり、悪霊に苦しめられていました。そこで家臣は、「竪琴を上手に奏でる者」を捜すことを提案します。羊飼いであるダビデは、竪琴の名手であり勇敢な戦士でした。 | ||||
| そこでダビデはサウルが苦しめられるたびに竪琴を奏で、その心を安心させます。サウルはダビデを気に入りました。ところでサウルを苦しめていた悪霊は主から来たものであり、最後には「神の霊」と書かれています。神さまの怒りがサウルを襲っていたのです。 | ||||
| 8月 28日「サムエル記上17:1〜11」 | ||||
| このペリシテ人は続けて言った。「今日、わたしはイスラエルの戦列に挑戦する。相手を一人出せ。一騎打ちだ。」 (サムエル記上17章10節) |
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| イスラエルとペリシテ人との間には、争いが絶えませんでした。サウル王はすでに13、14章で、ペリシテ軍と戦っています。今回はお互いの軍が集結し、戦いに備えて陣を張ります。にらみ合いです。 | ||||
| そのとき、ペリシテ軍から一人の戦士が進み出ました。ゴリアト(昔の聖書ではゴリアテ)です。彼の背丈は6アンマ半、1アンマが約45cmなので、2m92cmにもなります。誇張して書かれているとしても、かなり大きな体です。 | ||||
| その大男が一騎打ちをしようと、イスラエルの兵士たちに呼びかけます。当然、負けることなどないと踏まえてのことでしょう。確かに3 m近くもある巨人と戦うなんて、考えただけでもゾッとします。 | ||||
| 8月 29日「サムエル記上17:12〜18」 | ||||
| さて、エッサイは息子ダビデに言った。「兄さんたちに、この炒り麦一エファと、このパン十個を届けなさい。陣営に急いで行って兄さんたちに渡しなさい。 (サムエル記上17章17節) |
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| 昨日登場したペリシテの戦士ゴリアトは、40日の間、朝な夕なやってきてはイスラエルの兵士に一騎打ちを挑みます。しかしその期間、イスラエルの兵士は誰一人、相手になると名乗り出ようとはしませんでした。 | ||||
| その兵士の中に、エッサイの年長の三人の息子が含まれていました。戦いの様子はエッサイの元にはあまり伝わっていなかったのでしょう。エッサイは八番目の息子であるダビデを使いに出します。 | ||||
| 16章でサムエルに油を注がれたことについては、ここではまったく触れられていません。その油注ぎは、非公式なものだったからです。ダビデはゴリアトがいる戦場へ、向かうことになりました。 | ||||
| 8月 30日「サムエル記上17:19〜25」 | ||||
| 彼が兄たちと話しているとき、ガトのペリシテ人で名をゴリアトという戦士が、ペリシテ軍の戦列から現れて、いつもの言葉を叫んだのでダビデはこれを聞いた。 (サムエル記上17章23節) |
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| ペリシテ軍との戦いに参加している兄たちの元に、ダビデは父エッサイから託された物を持って行きました。そこでダビデの耳に聞こえたのは、ゴリアトの言葉です。イスラエルの兵士は、その言葉を聞いて恐れていました。 | ||||
| 40日もそのような状況が続いたため、王はゴリアトを討ち取ったものに褒美を与えることにしたようです。大金と王女、そして具体的には書かれていませんが何かの特典です。しかしそれでも、ゴリアトに戦いを挑む兵士は現れませんでした。 | ||||
| ダビデの目に、その状況はどのように映ったのでしょうか。彼はサムエルに油を注がれ、主の霊は彼に激しく下っていました(16:13)。イスラエルが屈辱にまみれているのを見て、彼はどのような行動を起こすのでしょうか。 | ||||
| 8月 31日「サムエル記上17:26〜30」 | ||||
| ダビデは言った。「わたしが、今、何をしたというのですか。話をしているだけではありませんか。」 (サムエル記上17章29節) |
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| ダビデはゴリアトを見て、「あの無割礼のペリシテ人」と言います。このような表現を今使えばアウトですが、「イスラエルの王」となるダビデの言葉です。彼は怒りに任せてこのように言ったようです。 | ||||
| そしてサウル王が定めた報酬について、周りの兵士たちに確認していきます。ダビデはそのような報酬が欲しかったのか、それともイスラエルの恥辱を取り除きたかったのか、どちらの思いが強かったのでしょうか。 | ||||
| ただこのダビデの会話を聞いて、心穏やかでなかった人物がいました。長兄エリアブです。彼は戦いの厳しさを知っていたのでしょう。それなのに今まで羊の番をしていた弟ダビデが偉そうに語っている。「何も知らないくせに」、そう思っても不思議ではありません。 |