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日ごとの聖書

ショートメッセージ 〜2026年6月11日〜20日

6月 11「士師記19921
彼らはギブアに入って泊まろうとして進み、町の広場に来て腰を下ろした。彼らを家に迎えて泊めてくれる者はいなかった。
(士師記19章15節)
レビ人(主人)と若者と側女は、ようやく出発します。自分の郷里に向かって行ったのでしょう。しかし出発した日も夕方まで飲み食いをしていたために、家に着く前に日没の時間になってしまいました。
当時エルサレムはエブスと呼ばれ、異国人が住む町でした。そこで彼らはベニヤミン領のギブアまで行きます。ベニヤミンはイスラエル民族でしたので、そこまで行けば安心だと思ったのでしょう。
しかし彼らを泊めてくれる人は現れず、彼らは広場で腰を下ろしていました。「寄留者には親切にするように」という戒めを、誰も守ってはいなかったのです。ただ一人、エフライム出身の老人だけが彼らを迎え入れます。
6月 12士師記192226
 彼らがくつろいでいると、町のならず者が家を囲み、戸をたたいて、家の主人である老人にこう言った。「お前の家に来た男を出せ。我々はその男を知りたい。」
(士師記19章22節)
家の中でくつろいでいる彼らの元に、町のならず者がやってきて家を囲みました。「我々はその男を知りたい」、このやり取りは、創世記19章のソドムの町の男たちがロトと御使いに対して「ここへ連れて来い。なぶりものにしてやるから」と言った場面と似ています。2
この時代、いわゆる「同性愛」は大きな罪とされていました。ソドムもギブアも、その罪にまみれていたということです。ただそのならず者の申し出に対して老人が言った言葉にも驚かされます。
「わたしの娘とこの人の側女を差し出す」。このような申し出は、女性蔑視と取られても仕方ありません。しかも側女の主人である男(レビ人)は側女を外に押し出して、彼女をならず者の好きにさせます。朝までこの主人は、側女を助けようともしないのです。
6月 13士師記192730
家に着くと、彼は刃物をとって側女をつかみ、その体を十二の部分に切り離し、イスラエルの全土に送りつけた。
(士師記19章29節)
側女が一晩中朝になるまでならず者にもてあそばれている間、主人は何をしていたのでしょうか。「主人が朝起きて」という記述から、彼は眠っていたということがわかります。よく眠れるな、というのが正直な思いです。
さらに彼は、「起きなさい。出かけよう」と側女に声を掛けます。答えがなかったということは、すでに息を引き取っていたのでしょう。そして彼は彼女をろばに乗せ、自分の郷里へと向かいます。そして家に着いて、さらに恐ろしいことをするのです。
彼は側女を12の部分に切り離し、それをイスラエル全土に送りつけます。12はイスラエル民族の数です。まるで自分が被害者かのようにふるまうこの主人の態度を、わたしたちはどのように思うのでしょうか。そしてこの出来事が、イスラエルを大きく変えていくのです。
6月 14士師記20111
わたしは側女をつかみ、その体を切り離して、イスラエルの嗣業の全耕地に送りました。彼らがイスラエルの中で極悪非道なことをしたからです。
(士師記20章6節)
ギブアのならず者が犯した罪は、イスラエルの人々の耳に入ることとなりました。レビ人である側女の主人がその体を12に分け、それぞれの部族に送り届けたからです。イスラエルの人たちは、怒りを共有します。
ただ19章を改めて読むと、その怒りは仕組まれたもののようにも感じます。そもそもギブアの人の前に側女を差し出したのはその主人であり、また夜、助けることもしなかったわけですから。
しかし結果的に、イスラエルの人たちは皆、一人の人のように連帯を固めます。もしこの物語が神さまのご計画の中でおこなわれたものだとすれば、その目的はここにあるのかもしれません。ただ犠牲になった側女が、あまりにもかわいそうです。
6月 15士師記201218
 かえってベニヤミンの人々は町々からギブアに集まり、イスラエルの人々と戦おうとして出て来た。
(士師記20章14節)
イスラエルの人たちは、ギブアで犯行に及んだならず者を差し出すように、ベニヤミン族に伝えます。しかしベニヤミンの人たちは、ならず者の引き渡しには応じませんでした。それだけ罪が蔓延していたということでしょう。
ベニヤミンの人たちから見たら、他の部族だって自分たちとそれほど変わらない、そう思ったのかもしれません。自分たちも罪を犯しているくせに、どうして人に対して批判ばかりするのか、その思いもあったでしょう。
ベニヤミンには剣を携えた兵士26,000人、そしてえり抜きの兵士700人がいました。しかしイスラエルには兵士400,000人がおり、彼らはすべて軍人だったそうです。結果は火を見るより明らかのように思えます。
6月 16士師記201928
イスラエルの人々は主の御前に上って、夕方まで泣き続け、主に問うて言った。「兄弟ベニヤミンと、再び戦いを交えねばなりませんか。」しかし、主は言われた。「彼らに向かって攻め上れ。」
(士師記20章23節)
戦いの火ぶたは切って落とされました。ベニヤミンの人たちはイスラエルの兵を、初日は22,000人、二日目は18,000人も地に打ち倒しました。二日合わせて40,000人、イスラエルの兵の10分の1がやられた計算になります。
イスラエルの人々は、主の御前に座り込んで泣きます。それは戦いの状況が厳しいからではありませんでした。イスラエルの人々にとって、ベニヤミンの人たちはいわゆる「同胞」、なのです。
その人たちと戦わざるを得ないことに、彼らは心を痛めているのです。「兄弟ベニヤミンと、再び戦いを交えねばなりませんか」という言葉の裏には、できれば戦いたくないという思いが見て取れます。しかし主は、「攻め上れ」と命じます。
6月 17士師記202936
 全イスラエルのえり抜きの兵士一万人がギブアに向かって進撃し、激戦となった。ベニヤミンの人々は自分たちに不幸な結末が訪れるとは思ってもみなかった。
(士師記20章34節)
イスラエルとベニヤミンとの戦いも、三日目に入ります。初日と二日目はイスラエルの兵40,000人が倒れ、戦いはベニヤミン優勢のようにも見えます。しかし主はイスラエルに対し、ベニヤミンをあなたの手に渡すと約束されていました。
イスラエルの人々は、策を講じます。その結果イスラエルのえり抜きの兵によって、ベニヤミンの兵25,100人が打ち滅ぼされます。ベニヤミンの兵はえり抜きの兵士を入れて26,700人でしたから、大半が敗れたことになります。
初日、二日目とスイスイ戦いに勝利していく中で、ベニヤミンの人たちには油断もあったことでしょう。そして主が、イスラエルに勝利を約束していたことも、忘れてはいけません。戦いは終わりました。
6月 18士師記203748
六百人が荒れ野のリモンの岩場に逃げて、四か月、そこリモンの岩場にとどまった。
(士師記20章47節)
37節以降には、29節以降の三日目の戦いの様子が繰り返し書かれています。ただそこにはベニヤミンが振り返ると町全体が火に包まれ天に燃え上がっていたことや、どこで何人の人が倒れたのかなどが詳しく報告されます。
さて、ベニヤミンの兵は大半が戦死してしまいました。しかし中には生き残った者もいたようです。その数は600人でした。彼らはリモンの岩場に逃げ込み、4ヶ月もの間、そこに留まります。
そのほかのベニヤミンの人たちは、イスラエル人によって残らず殺されてしまったようです。旧約聖書には、この「滅ぼし尽くす」場面がよく出てきます。何度見ても、心が痛くなります。
6月 19士師記2114
 イスラエル人はミツパにおいて、「我々はだれも自分の娘をベニヤミンに嫁として与えないことにする」と誓った。
(士師記21章1節)
イスラエルの人たちは、ベニヤミン族に自分の娘を嫁として与えない誓いを立てます。これだけの戦いをして血を流したわけですから、その誓い自体は理解できないわけではありません。
しかしその直後に、「イスラエルの神、主よ。なぜイスラエルにこのようなことが行われ、今日イスラエルから一つの部族が欠けることになったのですか」と叫ぶのは、どういう思いからなのでしょうか。そう思うのであれば、誓わなければいいのになと思います。
勢いあまって誓ったものの、よく考えたらこれはとんでもないことだったと思いなおしたのでしょうか。「誓うな」という十戒の意味が分かるような気がします。イスラエルの人たちは、主に和解を求めます。
6月 20士師記21512
 これがあなたたちのなすべきことである。男はもとより、男と寝たことのある女もすべて滅ぼし尽くさなければならない。
(士師記21章11節)
「さあ、ベニヤミン族が消えてなくならないためには、どうしたらいいでしょうか?」。一休さんだったらきっと素晴らしいとんちの力で、誰もが笑顔になるような解決方法を示してくれることでしょう。
ところがここでは、とても恐ろしい方法が取られました。主の御前における集会に上ってこなかった住民を調べ、その人たちを処女の娘以外滅ぼし尽くすというのです。調べると、ヤベシュの人たちが集会に出ていなかったことがわかりました。
イスラエルの人たちは、ヤベシュの人たちを剣にかけます。そして処女の娘400人をカナンの地にあるシロの陣営に連れ帰ります。まったくの人権無視です。これが「めでたし、めでたし」ということなのでしょうか。

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