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日ごとの聖書

ショートメッセージ 〜2026年6月1日〜10日

6月 1「士師記162328
サムソンは主に祈って言った。「わたしの神なる主よ。わたしを思い起こしてください。神よ、今一度だけわたしに力を与え、ペリシテ人に対してわたしの二つの目の復讐を一気にさせてください。」
(士師記16章28節)
サムソンはついに、ペリシテ人に捕らえられました。目をえぐり出され、青銅の足枷をはめられ、牢屋で粉を引かされるサムソン。ペリシテの領主たちはそのサムソンを、見せ物にすることにします。
よほど、サムソンが憎かったということなのでしょう。ただこの行動が、ペリシテの人たちに不幸を呼びます。「やられたらやり返す」という考え方では、必ず痛い目にあうということです。
サムソンは主に、「わたしの二つの目の復讐を一気にさせてください」と祈ります。「復讐」という言葉がとても気になります。サムソンにとっては復讐なのかもしれません。しかしペリシテの人たちの感情も理解できます。
6月 2士師記162931
 それからサムソンは、建物を支えている真ん中の二本を探りあて、一方に右手を、他方に左手をつけて柱にもたれかかった。
(士師記16章29節)
16章22節にこのような記述がありました。「しかし、彼の髪の毛はそられた後、また伸び始めていた」。髪の毛が生えることで、主の霊が戻ってくるということのようです。アンパンマンの顔がきれいになると力がよみがえる、そういう感じでしょうか。
力の戻ったサムソンは建物を支えている柱を押し、その結果、建物は崩れ落ちます。そこには3000人もの人がいたそうですが、皆、建物の下敷きになってしまったようです。大惨事と言ってよいでしょう。
聖書はこの出来事を、サムソンの功績と語っているのでしょうか。このことが美談と語られていく限りは、世の中に争いは続いていくように思います。イエス様はこのような争いを、決して認めてはおられないと思うのですが。
6月 3士師記1716
彼が銀を母に返すと、母は銀二百シェケルを取って銀細工師に渡し、彫像と鋳像を造らせた。ミカの家にあったのはそれである。
(士師記17章4節)
サムソンの物語が終わった後、イスラエルには士師がいなくなります。王もいないわけですから、誰もイスラエルを裁く人はいないわけです。その結果、人々は自分の目に正しいとすることをおこなうようになります。
ここで登場するのは、ミカという男です。彼は母親から銀1100シェケルを奪ったと告白します。「盗むな」、「父母を敬え」という十戒の二つをすでに破っています。さらに彼は母親に、彫像と鋳像を造らせます。これも「偶像を造ってはならない」に引っ掛かります。
さらにミカは自分の神殿を持ち、エフォドとテラフィムまで造ります。神さまを冒涜しているようにしか見えません。しかし物語は、彼を中心にして進んでいきます。母親はなぜ、平気なのでしょうか。
6月 4士師記17713
ミカが、「どちらからおいでになりましたか」と声をかけると、彼は、「わたしはレビ人で、ユダのベツレヘムから来ました。適当な寄留地を求めて歩いているのです」と答えた。
(士師記17章9節)
ミカの元に、ユダのベツレヘムから一人のレビ人がやってきました。ヨシュア記で書かれたように、レビ人には相続地が与えられませんでした。彼らには神殿などでの働きが与えられていました。
有力な家系のレビ人には、たくさんの仕事が与えられていたようです。しかしこの彼のように、自分の働き場所を求めて家を訪ね歩く人も多くいたようです。ミカは彼に、好条件を提示します。
そこでレビ人の若者は、ミカの祭司として仕えることになりました。「レビ人」というステータスを求めていたのでしょうか。いつか牧師も、どこかの家の専属になる日が来るのかもしれませんね。
6月 5士師記1816
 祭司は、「安心して行かれるがよい。主は、あなたたちのたどる旅路を見守っておられる」と答えた。
(士師記18章6節)
ヨシュア記19章47節には、「しかし、ダンの人々は領地を奪われた後」という記載があります。ヨシュア記において嗣業の土地が配分されましたが、その場所を追われていたということのようです。
彼らはどこに住むかを調べるために、5人の勇士を遣わします。いわゆる斥候です。このようなやり方をしているということは、彼らは平和の内に住むつもりはないようです。先住民を追い払うために、良い土地を探していたのです。
さて彼らがミカの家の近くに来たときに、若いレビ人の声を聞きます。祭司として働いていたので、何か祈祷でもしていたのでしょうか。彼ら5人の勇士は、ミカの祭司に「占い」のようなことを頼みます。
6月 6士師記18710
五人は答えた。「彼らに向かって攻め上ろう。我々はその土地を見たが、それは非常に優れていた。あなたたちは黙っているが、ためらわずに出発し、あの土地を手に入れて来るべきだ。
(士師記18章9節)
5人の勇者(斥候)は、ライシュという地の民を見ます。彼らは穏やかで、安らかな日々を送っていました。普通であれば、「幸せだなあ、いい人たちだ」で終わるところですが、彼らは違いました。
「よし、ここに攻め込むぞ!」と彼らは意気込みます。穏やかということは、戦い慣れしていないということです。安らかなのは、土地の実りが豊かで争いが起こらないからに他なりません。
こう考えてみると、何が幸せなのか、難しいところです。大河ドラマなどをみていても、あまりに豊かな町になってしまうとかえって危険が増すことがあります。戦国時代ではよくあることのようです。
6月 7士師記181120
 土地を探り歩いた例の五人は上って入り込み、彫像、エフォド、テラフィム、鋳像を奪った。祭司は武器を身に帯びた六百人と共に門の入り口に立っていた。
(士師記18章17節)
5人の勇士から話を聞いたダンの氏族600人は、武器を身に帯びて陣を敷きます。そしてまず、ミカの家に向かいます。5人の勇士はダンの人たちに、エフォドとテラフィムがミカの家にあることを告げます。
ここまでに何度も出てきているエフォドとテラフィムとは、簡単にいうと「偶像」です。ミカと若いレビ人は、その偶像に対して仕えていました。いわゆる偶像崇拝です。そしてダンの人たちはエフォドとテラフィム、そして彫像と鋳造を奪いました。
彼らはあわせて、ミカの家で祭司の働きをしていたレビ人も連れて行こうとします。個人の家の祭司より、ダン族の祭司になる方がいいのではないかというのが、彼らの言い分です。そして若いレビ人は、その提案を“快く”受け入れるのでした。
6月 8士師記182126
ミカは、「あなたたちはわたしの造った神々と祭司を、奪って逃げた。わたしにはもう何もない。何事かとはよく言えたものだ」と言った。
(士師記18章24節)
ダンの人たちは、ミカの彫像、エフォド、テラフィム、鋳造、そして祭司を奪いました。ミカは家族の者を呼び集め、ダンの人たちに追いつきます。自分たちの物が奪われたのですから、当然の行動のように思えます。
そのときにミカは、「わたしの造った神々と祭司」と言います。つまり自分が「偶像」を造ったということを認めているのです。イスラエルにおいて、偶像を造り拝むことは大きな罪でした。
ミカはダンの軍勢が自分たちよりも強いことを悟り、奪われた物を取り返すことを諦めます。ミカが犯した罪が、ダン族の元に移ったともいえます。この頃そのような罪が、イスラエルのあらゆる場所にはびこっていくのです。
6月 9士師記182731
 彼らはミカが造った物と彼のものであった祭司を奪って、ライシュに向かい、その静かで穏やかな民を襲い、剣にかけて殺し、町に火を放って焼いた。
(士師記18章27節)
ダンの人たちは、多くの罪を重ねていきます。静かに暮らしていたライシュの穏やかな人たちを襲い、その町を奪ってしまいます。そして自分たちが拝むための彫像を、その町に建てるのです。
エルサレムに神殿がまだなかったころ、宗教の中心地はシロでした。ただイスラエル12部族の心は一枚岩とは言えませんでした。サムソン以降、士師も立てられず、彼らは「飼い主のいない羊」のようになっていました。
ダン族の罪は、聖書の中では問われることはありませんでした。しかし明日以降の物語を読むと、神さまとイスラエルとの関係がかなりひどくなっていくのがわかります。罪を重ねる人間の姿を、神さまはどのように思っていたのでしょうか。
6月 10士師記1918
 夫は若者を伴い、一軛のろばを連れて出で立ち、彼女の後を追い、その心に話しかけて連れ戻そうとした。彼女が彼を父の家に入れると、娘の父は彼を見て、喜び迎えた。
(士師記19章3節)
19章も18章と同じように、「イスラエルに王がいなかったそのころ」という言葉から始まります。王が誕生するまでの一番ゴタゴタしている時期、ということです。登場するのは一人のレビ人です。
彼には側女(正式な妻ではない女性)がいました。しかしその側女は主人であるレビ人を裏切り、父の家に帰ってしまいます。側女を追ってレビ人はその家に行くのですが、側女の父はレビ人を喜び迎えたそうです。
今であればDVなどを疑い、簡単には娘に会わせないところでしょう。ところがこの父は、何晩もレビ人一緒に食べて飲み、泊まらせます。側女はというと、一言も語っていません。とても不思議な状況の中、物語は進んでいきます。

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