
| 5月 21日「士師記13:19〜23」 | ||||
| 主の御使いは再びマノアとその妻に現れることがなかった。マノアはそのとき、この方が主の御使いであったことを知った。 (士師記13章21節) |
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| マノアとその妻は、主の御使いに焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物をささげます。すると主の御使いは、祭壇の炎と共に上っていきます。この当時、神さま(あるいはそのみ使い)を見てしまうと、死ぬと考えられていました。 | ||||
| ただマノアの妻は、もし自分たちを死なせるのであれば、献げ物を受け取らなかっただろうと指摘します。確かにマノアとその妻が生きていないと、イスラエルを裁く次の士師は生まれません。 | ||||
| ところでここまで何度も、「マノアの妻」と書いています。彼女は士師記の中でもかなり重要な役割を持つ女性です。しかしその名前は残されていません。なぜなのでしょうか。その理由はわかりません。 | ||||
| 5月 22日「士師記13:24〜25」 | ||||
| この女は男の子を産み、その名をサムソンと名付けた。子は成長し、主はその子を祝福された。 (士師記13章24節) |
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| 主の御使いが告げたように、不妊の女性から男の子が生まれました。この出来事も、洗礼者ヨハネを生んだザカリアの妻、エリサベトを思い出します。彼女も高齢で、不妊の女性と言われていました。 | ||||
| 聖書の名前の中には、その言葉に意味を持つものも多くあります。サムソンとは、「太陽の(人)」、「(神に)仕えるもの」という意味があるそうです。彼はいわゆる「カリスマ」のように、育っていきます。 | ||||
| 幼少期をどのように過ごしたのかは、書かれていません。ただ「ナジル人」として敬虔な生活を送っていたのかというと、そうでもないようです。その物語は、明日以降に詳しく書かれています。 | ||||
| 5月 23日「士師記14:1〜7」 | ||||
| サムソンは父母と共に、ティムナに向けて下って行った。ティムナのぶどう畑まで来たところ、一頭の若い獅子がほえながら向かって来た。 (士師記14章5節) |
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| サムソンはナジル人として、歩んできたはずです。しかし今日の箇所を読む限り、敬虔な生き方はしていなかったようです。まずぶどう畑に彼は行きますが、ナジル人はぶどうの木から出来るものは一切食べてはいけませんでした。 | ||||
| 確かに、ただ近くを通っただけかもしれません。しかし「動物の血」のような汚れから自分の身を避けなければならないのに、自らの手で獅子を裂いてしまいます。どんなに気を付けても、当然血まみれになってしまうはずです。 | ||||
| そしてよりによって、ペリシテ人(外国人)を妻に迎えたいということ。ただでさえイスラエルの人たちは、他の民族と血が混じるのを良しとしませんでした。サムソンはナジル人です。なおのこと厳しいはずなのに、ということです。 | ||||
| 5月 24日「士師記14:8〜14」 | ||||
| サムソンは言った。「食べる者から食べ物が出た。強いものから甘いものが出た。」彼らは三日たっても、このなぞが解けなかった。 (士師記14章14節) |
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| サムソンの彼女に対する思いは、父母の反対を押し切りました。ただその背後には、神さまの思いがありました。昨日の4節には、「父母にはこれが主の御計画であり、主がペリシテ人に手がかりを求めておられることが分からなかった」とあります。 | ||||
| 神さまはサムソンを使って、ペリシテ人との間に不和をもたらそうとしているかのようです。サムソンはペリシテ人の妻の所に行き、宴会を催します。サムソンの父もそこに行きます。いわゆる披露宴です。 | ||||
| そこでサムソンはなぞをかけます。ただこの「なぞ」ですが、どうやったら正解が導かれるのか、見当もつかないものです。獅子の死骸に蜜蜂の群れが集まっている所を見ても、多分答えられなかったでしょう。 | ||||
| 5月 25日「士師記14:15〜20」 | ||||
| 宴会が行われた七日間、彼女は夫に泣きすがった。彼女がしつこくせがんだので、七日目に彼は彼女に明かしてしまった。彼女は同族の者にそのなぞを明かした。 (士師記14章17節) |
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| サムソンの目的は何だったのでしょうか。宴会を盛り上げるためにクイズ大会をした!というのであれば、こんなにギスギスすることはなかったでしょう。30人の客は宴会を楽しむどころではありませんでした。 | ||||
| サムソンがペリシテ人の女性を妻に迎えるところから、すべては神さまのご計画でした。ということはこのなぞかけの一連の出来事も、神さまの思いなのでしょうか。日が経つにつれ、客も、妻も、心がざわめいていきます。 | ||||
| 結局サムソンは妻に執拗にせがまれたので、彼女になぞを明かしてしまいます。そして妻は、同族の客に明かします。サムソンは賭けに負けた分を、他の人を殺すことで払います。その際に主の霊が激しく彼に降っているので、これも神さまのみ心なのでしょうか。 | ||||
| 5月 26日「士師記15:1〜8」 | ||||
| サムソンは出て行って、ジャッカルを三百匹捕らえ、松明を持って来て、ジャッカルの尾と尾を結び合わせ、その二つの尾の真ん中に松明を一本ずつ取り付けた。 (士師記15章4節) |
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| サムソンはペリシテ人の妻との祝宴のときに、30人の客になぞをかけました。しかし妻の裏切りもあり、そのなぞを解かれてしまいます。サムソンは怒りに燃え、自分の父の家に帰ります。そしてその妻は、サムソンの友のものとなりました。 | ||||
| しばらくしてサムソンは、妻(元妻?)を訪ねます。当然妻の父はサムソンが妻の部屋に入るのを拒みます。怒ったサムソンは、ジャッカルを使ってペリシテ人の麦畑を燃やしてしまうのです。 | ||||
| 今でいう「逆切れ」のような行動ですが、ペリシテ人は復讐の矛先をペリシテ人の妻とその父に向けます。ペリシテ人はその二人を焼き殺してしまうのです。こうしてサムソンとペリシテ人との関係は、険悪なものとなっていきます。 | ||||
| 5月 27日「士師記15:9〜13」 | ||||
| 彼らは言った。「我々はただお前を縛って彼らの手に渡すだけだ。殺しはしない。」彼らはこうして、新しい縄二本でサムソンを縛り、岩から連れ出し、上って来た。 (士師記15章13節) |
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| サムソンはペリシテ人に対し、大暴れしました。「彼らを徹底的に打ちのめし」とまで書かれています。サムソンには彼なりの「大儀」があったようですが、結果はただの「人殺し」です。今の戦争と何ら変わりません。 | ||||
| ただこのころ、ユダの人たちはペリシテ人の支配下にありました。ユダの人たちは、ペリシテ人の顔色をうかがいながら過ごしていたことでしょう。その中、こともあろうにサムソンは、ペリシテ人を徹底的に打ちのめしたのです。 | ||||
| ユダの人たちは、サムソンをペリシテ人に渡します。自分たちは関係ない、ということなのでしょう。「容疑者を引き渡す」、しかしそれも怖かったようです。ユダの人々は3000人でサムソンの元に向かい、捕まえました。 | ||||
| 5月 28日「士師記15:14〜20」 | ||||
| こう言い終わると、彼は手に持っていたあご骨を投げ捨てた。こうして、その場所はラマト・レヒ(あご骨の高台)と呼ばれるようになった。 (士師記15章17節) |
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| 新しい縄2本で縛られたサムソンは、ペリシテ人のいるレヒに連れて行かれました。ペリシテ人たちは歓声をあげて、サムソンを迎えます。支配している民族の中から出た反逆者を、どうしてやろうかと声を上げるのです。 | ||||
| しかしこのとき、主の霊が激しくサムソンに降りました。こういう場面を見ていると、やはりサムソンは神さまのご計画の中で行動しているようです。ただどうしても彼の残酷さは、受け入れづらいものです。 | ||||
| サムソンはろばのあご骨で、何と1000人のペリシテ人を打ち殺したそうです。多少誇張があるかもしれませんが、「無割礼の者」の命はあまり重要視されていません。ただこの思想を受け入れてしまうと、大変危険です。 | ||||
| 5月 29日「士師記16:1〜9」 | ||||
| デリラはサムソンに言った。「あなたの怪力がどこに秘められているのか、教えてください。あなたを縛り上げて苦しめるにはどうすればいいのでしょう。」 (士師記16章6節) |
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| ティムナでペリシテ人の妻を迎えようとして騒動を起こしたサムソン。彼はそれでも士師としてイスラエルを裁いていたようです。ただ20年間の彼の士師としての功績は、聖書には何一つ書かれていません。 | ||||
| サムソンは続いてガザの遊女のもとに入ります。ガザという地にも、遊女という職業にも、ナジル人はもとよりイスラエルの人は決して近寄ることはありませんでした。サムソンはタブーを犯しているとも言えます。 | ||||
| さらにサムソンは、デリラという女性に恋をします。なぜこのような人が士師としてイスラエルを裁いていたのでしょう。今だったらすぐに、退任に追いやられるところです。案の定デリラは、ペリシテ人の領主たちに買収されていました。 | ||||
| 5月 30日「士師記16:10〜14」 | ||||
| デリラはサムソンに言った。「あなたはわたしを侮り、うそをついたでしょう。あなたを縛り上げるにはどうすればいいのか、今教えてください。」 (士師記16章10節) |
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| デリラはサムソンの怪力の秘密を聞き出そうとします。しかしさすがにサムソンは、教えようとはしません。昨日の箇所では「乾いていない新しい弓弦七本で縛ればいい」と伝えます。 | ||||
| そして今日の箇所では「まだ一度も使ったことのない新しい縄でしっかりと縛れば」、また「わたしの髪の毛七房を機の縦糸と共に織り込めばいいのだ」と、サムソンは説得力のあるウソをデリラにつきます。 | ||||
| ただその度ごとに、「サムソン、ペリシテ人があなたに」という声に反応してサムソンはそれらのものを断ち切ったり、引き抜いたりしてしまいます。彼はまだ、本当の秘密を打ち明けてはいないのです。 | ||||
| 5月 31日「士師記16:15〜22」 | ||||
| 彼女は膝を枕にサムソンを眠らせ、人を呼んで、彼の髪の毛七房をそらせた。彼女はこうして彼を抑え始め、彼の力は抜けた。 (士師記16章19節) |
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| デリラはサムソンに、どうして本当のことを言ってくれないのかと詰め寄ります。どうして本当のことを知りたいのか?とサムソンが疑問に思えばよかったのですが、恋は盲目ということでしょうか。 | ||||
| ついにサムソンは、デリラに本当の秘密を打ち明けてしまいます。それはナジル人として伸ばし続けた髪の毛に秘密があるということです。髪の毛をそられたら、力は抜け、弱くなり、並の人間のようになってしまうということです。 | ||||
| デリラはサムソンが本当の秘密を打ち明けていることを悟り、人を呼んでサムソンの髪をそらせます。その結果サムソンから主は離れ、ペリシテ人によって捕らえられてしまいます。この状況を映像でご覧になりたい方は、「サムソンとデリラ」という映画をご覧ください。 |