10月21日「コリントの信徒への手紙二1:3〜7」 | ||||
キリストの苦しみが満ちあふれてわたしたちにも及んでいるのと同じように、わたしたちの受ける慰めもキリストによって満ちあふれているからです。 (コリントの信徒への手紙二1章5節) |
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わたしたちの目の前に、二つの道があったとします。一つは「慰めの道」、もう一つは「苦難の道」。さあ、どちらを選びますか?と言われたら、多くの人は「慰めの道」を選ぶことでしょう。 | ||||
しかしイエス様の十字架に与るということは、イエス様が受けた慰めだけではなく苦難をも自分の身にまとうことを意味します。「自分の十字架を背負う」ということが、ここで言われているのです。 | ||||
教会に連なるということは、すべての苦しみから解放されるということではありません。ともすると、苦しみが増し加わることさえあるでしょう。しかしそれこそが、イエス様に従うということなのかもしれません。 | ||||
10月22日「コリントの信徒への手紙二1:8〜11」 | ||||
わたしたちとしては死の宣告を受けた思いでした。それで、自分を頼りにすることなく、死者を復活させてくださる神を頼りにするようになりました。 (コリントの信徒への手紙二1章9節) |
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神さまはどうしてわたしたちに苦難を与えられるのか、その一つの答えがここには書かれています。パウロは以前、アジア州で大きな苦難にあいました。それは死の宣告を受けたと感じるほどのものだったようです。 | ||||
しかしそのときに、パウロは心から神さまを頼りました。自分の力に頼らずに、神さまにすべてを委ねたのです。「わたしは弱いときにこそ強い」と別の箇所でパウロは語りますが、まさにその通りなのです。 | ||||
わたしたちも自分の力に頼り、もがき苦しむことがあります。しかしその絶望の中において、一筋の光が差し込んでくるとき、その光こそが神さまからのお恵みなのです。神さまにすべてを委ね、歩んでまいりましょう。 | ||||
10月23日「コリントの信徒への手紙二1:12〜14」 | ||||
わたしたちは世の中で、とりわけあなたがたに対して、人間の知恵によってではなく、神から受けた純真と誠実によって、神の恵みの下に行動してきました。このことは、良心も証しするところで、わたしたちの誇りです。 (コリントの信徒への手紙二1章12節) |
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パウロがここでいう「誇り」とは、いわゆる「プライド」ではありません。イエス様と共に歩むことができる安心感と、イエス様に対する信頼をあらわす言葉です。 | ||||
パウロは手紙の中で、何度も自分は「使徒」であることを強調していきます。ここでも「神の恵みの下に行動してきた」神に属する者としての「誇り」を、コリントの人たちに伝えているのです。 | ||||
そしてその「誇り」は、パウロだけでなくコリントの人たちにも与えられていきます。お互いがお互いを理解し、その「誇り」を認め合っていくときに、双方に信頼関係が生まれていくのでしょう。 | ||||
10月24日「コリントの信徒への手紙二1:15〜22」 | ||||
神の約束は、ことごとくこの方において「然り」となったからです。それで、わたしたちは神をたたえるため、この方を通して「アーメン」と唱えます。 (コリントの信徒への手紙二1章20節) |
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わたしたちの日常生活の中でも、前もって立てていた計画が変更されることがあります。前もって計画を立てていた日に後から別の用事が入って、前の予定をキャンセルすることもあるでしょう。 | ||||
パウロはコリントにもう一度行く計画を立てていたようでした。しかしそれが叶わなくなってその連絡をしたときに、コリントの人たちはパウロを不誠実な人間だと非難したようです。 | ||||
しかしパウロはここでも、自分がどこに行くのかということは自分が決めることではなく、神さまのみ心に従っているのだと強調します。すべてを備えて導いてくださるのは、他ならぬ神さまなのです。 | ||||
10月25日「コリントの信徒への手紙二1:23〜24」 | ||||
わたしたちは、あなたがたの信仰を支配するつもりはなく、むしろ、あなたがたの喜びのために協力する者です。あなたがたは信仰に基づいてしっかり立っているからです。 (コリントの信徒への手紙二1章24節) |
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パウロはコリントに行かない理由を、「あなたがたへの思いやり」と表現します。きっとコリントに行ってしまうと、コリントの人たちを叱責し、厳しい態度を取ってしまうことが分かっていたのでしょう。 | ||||
でもそのことは、神さまのみ心ではなかったということなのではないでしょうか。怒ったパウロがコリントの人たちの悪い部分を指摘し、コリントの人たちの態度が改まったとしても、それはパウロの功績になるかもしれません。 | ||||
そうではなく、神さまが直接コリントの人たちに働きかけ、神さまの恵みを直接感じていくことが必要だったのです。余計な「介入」や「干渉」は必要ない、このことはわたしたちも覚えておきたいことです。 | ||||
10月26日「コリントの信徒への手紙二2:1〜4」 | ||||
わたしは、悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに手紙を書きました。あなたがたを悲しませるためではなく、わたしがあなたがたに対してあふれるほど抱いている愛を知ってもらうためでした。 (コリントの信徒への手紙二2章4節) |
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パウロが初めてコリントに行ったのは、教会をつくったときでした。きっと喜びにあふれ、パウロとコリントの人たちも共に神さまを賛美していたことでしょう。しかしその後パウロの耳には、コリントの人たちのよくない噂が入るようになります。 | ||||
そこでコリントの信徒への手紙一を書き、またその後でパウロはコリントに立ち寄ったようです。しかしその訪問は、パウロにとってはあまり良いものとはならなかったようです。 | ||||
その経験があるから、自分が行くことでコリントの人たちは悲しみに落とされるに違いないと悟っているのです。パウロは立場上、厳しい言葉を言わないといけませんでした。でもその根底には愛があるということを、手紙の中で涙ながらに訴えるのです。 | ||||
10月27日「コリントの信徒への手紙二2:5〜11」 | ||||
あなたがたが何かのことで赦す相手は、わたしも赦します。わたしが何かのことで人を赦したとすれば、それは、キリストの前であなたがたのために赦したのです。 (コリントの信徒への手紙二2章10節) |
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「悲しみの原因となった人」とは、誰を指すのでしょうか。パウロを批判していた人でしょうか。それとも「みだらな行い(一コリ5:1)」をしていると指摘されていた人でしょうか。具体的には何も書かれていません。 | ||||
パウロは前の訪問の際、そのような人を他の信徒の前で糾弾したのでしょう。その人は立場を失い、もしかすると共同体から排除されたかもしれません。そのことが教会の悲しみになっていたと思います。 | ||||
しかしパウロは、その人を赦すようにと促します。さらに愛するようにとも付け加えます。罪を指摘し、その人を排除していくことはとてもたやすいことです。しかしその人を赦して受け入れること、とても大変なことなのです。 | ||||
10月28日「コリントの信徒への手紙二2:12〜17」 | ||||
救いの道をたどる者にとっても、滅びの道をたどる者にとっても、わたしたちはキリストによって神に献げられる良い香りです。 (コリントの信徒への手紙二2章15節) |
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パウロの時代、ローマの兵士たちが戦場で勝利したときには、凱旋行進の途中で香をたくという習慣があったそうです。そのときには捕虜も連れられていたそうですが、彼らにとってその香は、「死に至らせる香り」だったのかもしれません。 | ||||
キリスト者の信仰を、「香り」として表現することがあります。その人の生き方や人への接し方、笑顔などを見るときに、「あの人からはキリストの香りがする」という言い方をすることがあります。 | ||||
やさしさを押し付けるのではなく、そばにいることで何となくうれしい存在になれたら、本当に嬉しいことだと思います。わたしたちの身体からは、キリストの香りが漂っているでしょうか。考えてみたいと思います。 | ||||
10月29日「コリントの信徒への手紙二3:1〜6」 | ||||
神はわたしたちに、新しい契約に仕える資格、文字ではなく霊に仕える資格を与えてくださいました。文字は殺しますが、霊は生かします。 (コリントの信徒への手紙二3章6節) |
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日本聖公会では聖職を目指すとき、あるいは神学校に入学しようとするときには、教会の推薦状を求められます。「教会から押し出された形」で奉仕の業に就くというのが、その考え方の根底にあります。 | ||||
今日の箇所を読むと、パウロの時代にも使徒職というものに対して推薦をする慣習があったようです。パウロはコリントの人たちを、自分の使徒職を証明する生きた推薦人だと考えます。 | ||||
文字に書かれたものも大切かもしれませんが、それよりも大切なのは霊だというのです。司祭が按手されるときも、「推薦の証」よりも手を置かれ、みんなで祈ったという事実の方が残っていくのです。 | ||||
10月30日「コリントの信徒への手紙二3:7〜11」 | ||||
人を罪に定める務めが栄光をまとっていたとすれば、人を義とする務めは、なおさら、栄光に満ちあふれています。 (コリントの信徒への手紙二3章9節) |
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旧約の預言者モーセは、エジプトから出てカナンに向かう途中のシナイ山で、神さまから十戒を受け取ります。その際シナイ山から降りて来たモーセの顔の肌は、光を浴びていたそうです(出34:30)。 | ||||
パウロは霊に仕える務めにあるならば、なおさら栄光を帯びているはずだと言います。わたしたちは神さまに連なり、その栄光の元で日々を送っています。だとすれば、わたしたちもまた光り輝いているのです。 | ||||
自分を誇るための光ではなく、暗闇にいる人を照らす光として、わたしたちは様々な場所に遣わされています。自分の光を隠してしまうのではなく、光を求めている人の前で輝かせることができればと思います。 | ||||
10月31日「コリントの信徒への手紙二3:12〜18」 | ||||
しかし、主の方に向き直れば、覆いは取り去られます。 (コリントの信徒への手紙二3章16節) |
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昨日の箇所で、モーセの顔が光り輝いていた場面が取り上げられていました(出34:30)。そのときにイスラエルの人々は、モーセの顔に覆いをかけます。神さまの光を直視できないと考えたからです。 | ||||
しかしイエス様が来られたことによって、その覆いは取り除かれることになります。神さまとわたしたちとは、新しい関係に入っていくのです。イエス様が十字架上で息を引き取られたとき、至聖所の垂れ幕が引き裂かれました。神さまとの間の溝が、取り除かれたのです。 | ||||
わたしたちは今、神さまの栄光を素直に映し出しているでしょうか。「神さま、感謝します!」、「神さまがなさってくださったのです!」、そのように証しするとき、わたしたちの顔は神さまの栄光で輝いていることでしょう。 |