8月 1日「ローマの信徒への手紙13:11〜14」 | ||||
夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう。 (ローマの信徒への手紙13章12節) |
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「救いは近づいている」とパウロは書きます。十字架につけられお墓に葬られたイエス様は、復活した後に天に昇られます。そのときにイエス様は、またご自分が来られる(再臨)ということを約束されました。 | ||||
パウロが活動していた初期は、明日にでもイエス様は来られると思われていました。しかし次第に時が過ぎ、なかなかイエス様が来られない状況を見て、人々は「欲望」に目を向けるようになってしまったのです。 | ||||
それから2000年という時が過ぎました。もしかすると明日、イエス様が来られるかもしれません。その緊張感と期待をもって、日々を歩むことができればと思います。光の武具を身に着けて。 | ||||
8月 2日「ローマの信徒への手紙14:1〜4」 | ||||
食べる人は、食べない人を軽蔑してはならないし、また、食べない人は、食べる人を裁いてはなりません。神はこのような人をも受け入れられたからです。 (ローマの信徒への手紙14章3節) |
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「信仰の強い人」と「信仰の弱い人」という表現が出てくると、自分は「弱い」方だ、だからこの箇所では「受け入れられる」べき方だと思うかもしれません。果たしてそうなのでしょうか。 | ||||
ここでパウロのいう信仰の弱い人とは、信念や確信に欠ける人ということではありません。そうではなく、自分の思いに縛られてしまってそこから自由になれない、神さまにすべてを委ねることのできない人という意味です。 | ||||
つまり「我が強い人」=「信仰の弱い人」ということでしょうか。なかなか自分というものを捨てられずに、自分の殻に閉じこもってしまっている人、いないでしょうか。教会はそういう人も、受け入れていくのです。 | ||||
8月 3日「ローマの信徒への手紙14:5〜12」 | ||||
それなのに、なぜあなたは、自分の兄弟を裁くのですか。また、なぜ兄弟を侮るのですか。わたしたちは皆、神の裁きの座の前に立つのです。 (ローマの信徒への手紙14章10節) |
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「個人の信仰」と「共同体の信仰」という言葉があるとすれば、キリスト教の信仰は「共同体の信仰」を強調しているように思います。この14章には、「きょうだい」に対してどう接するべきかが書かれています。 | ||||
日本聖公会が2006年に発行した聖歌集でも、それまでの古今聖歌集に多く見られた「個人的な信仰の歌」が減り、「私たちの信仰」が多く歌われるようになりました。「共に」という言葉が強調されるようになったのです。 | ||||
「きょうだいを裁くな」、「きょうだいを軽んじるな」とパウロは書きます。わたしたちは皆、神さまの前に立つことになります。そのときに隣の人と手を取り合いながら、共に立つことができればいいですね。 | ||||
8月 4日「ローマの信徒への手紙14:13〜23」 | ||||
従って、もう互いに裁き合わないようにしよう。むしろ、つまずきとなるものや、妨げとなるものを、兄弟の前に置かないように決心しなさい。 (ローマの信徒への手紙14章13節) |
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ユダヤ教やイスラム教には、厳しい食物規定があります。また現代のキリスト教においても、教派によってはお酒やたばこに対して、厳しく指導するところがあります。聖公会では特に厳しい決まりはありません。 | ||||
前に勤務していた教会で、エキュメニカルバーベキューというものを企画しました。昨年奈良でもおこないましたが、そのときにアルコールOKの人もNGの人も、お互いを尊重しましょうという挨拶をしました。 | ||||
自分と違う考え方の人を非難するのは簡単です。しかしそうではなく、お互いのことを受け入れる。パウロが書いたときはユダヤ教とキリスト教との関係でした。そして今、わたしたちの教会の中でも、大切にしていきましょう。 | ||||
8月 5日「ローマの信徒への手紙15:1〜6」 | ||||
心を合わせ声をそろえて、わたしたちの主イエス・キリストの神であり、父である方をたたえさせてくださいますように。 (ローマの信徒への手紙15章6節) |
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昨日の箇所でパウロが指摘した食事規定に限らず、教会の中にも様々な「違い」が存在してきました。今の教会には宗教的な戒律による「違い」は少ないですが、信仰的な思いについての「違い」は多く存在します。 | ||||
その「違い」はときに、教会内の交わりを壊してしまいます。他人の意見に耳を貸さずに自分の思いばかりを強調するときに、そこには亀裂が生じるのです。しかしパウロは、イエス様がわたしたちのためにどうなさったかを思い起こすように促します。 | ||||
イエス様はわたしたち一人一人のために十字架につけられ、わたしたちに命を与えられました。他人のために命を投げ出されたのです。わたしたちも自分のためではなく、隣人のために信仰生活をおこないたいものです。 | ||||
8月 6日「ローマの信徒への手紙15:7〜13」 | ||||
希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。 (ローマの信徒への手紙15章13節) |
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イエス様の十字架による救いは、ユダヤ人も異邦人もすべて救うためのものでした。旧約聖書から続く救いの約束は、全人類に向けられたものです。その中には、わたしたちも含まれます。 | ||||
神さまはそのように、清い者もそうでない者もみな受け入れられるのです。だからわたしたちもまた、お互いに相手を受け入れていきましょう。「ユダヤ人と異邦人」というと何か遠く離れた問題のように思えます。 | ||||
しかしわたしたちの間で、誰がユダヤ人化しているか、誰が異邦人のように扱われているか、そういったことも意識しながら歩むことも必要なのかもしれません。すべての人が受け入れられる教会を目指していきましょう。 | ||||
8月 7日「ローマの信徒への手紙15:14〜21」 | ||||
そこでわたしは、神のために働くことをキリスト・イエスによって誇りに思っています。 (ローマの信徒への手紙15章17節) |
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このローマの信徒への手紙は、パウロがローマを訪問する前に書かれたものです。コリントやエフェソ、ガラテヤなどに対する手紙は、実際にパウロが訪問してできた共同体に対しての勧告や指導でした。 | ||||
ローマにもキリスト者はいましたが、パウロがローマで直接導いたわけではありません。パウロはその人たちに福音を伝えるために、この手紙を書きました。会ったことのない人への手紙です。もしかしたら傷つけることも書いてしまったかもしれません。 | ||||
それでもパウロは、自分が神さまから委ねられた使命を信じ、語り続けます。わたしたちも「まだ見ぬ人たちに」、神さまの愛を伝えていくことが大切なのです。イエス様を知らない人にこそ、福音を伝えていきましょう。 | ||||
8月 8日「ローマの信徒への手紙15:22〜29」 | ||||
こういうわけで、あなたがたのところに何度も行こうと思いながら、妨げられてきました。 (ローマの信徒への手紙15章22節) |
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パウロのローマ行きは、何度も妨げられていたようです。ローマは当時の世界の中心地でした。そのためパウロのような「新しい教え」を伝えているようなややこしい人物は、来させないようにしていたのかもしれません。 | ||||
パウロは61年から2年間、ローマで軟禁状態にあったことが使徒言行録には書かれています。それがパウロにとって、念願のローマ行きとなりました。監禁ではなかったので、比較的自由に人に会えたようです。 | ||||
ただここに書かれているイスパニア(スペイン)に行ったかどうかはわかりません。それよりもエルサレム教会に献金を届けに行くことを優先したのかもしれません。その行動は今となってはわかりませんが、パウロは神さまのみ心に従って歩んでいったのです。 | ||||
8月 9日「ローマの信徒への手紙15:30〜33」 | ||||
兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストによって、また、“霊”が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、 (ローマの信徒への手紙15章30節) |
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誰かのために祈ること。キリスト教に限らず、わたしたちは誰かのことを思い、お祈りやお願いをすることがあります。聖公会の教会では「代祷」という時間が設けられ、様々な事柄を祈ります。 | ||||
教会のため、関連施設のため、信徒さんの記念日(誕生日や逝去記念など)のため、また世界で起こっている争いの終結や自然災害によって苦しんでいる人のためなど、それに個人的に心にあるお祈りと合わせて、わたしたちは祈り続けます。 | ||||
パウロはそして、「わたしのために神に熱心に祈ってください」と願います。具体的に祈りの内容を示し、祈りを求めるのです。誰かのために祈る、そしていつも誰かに祈られていることを覚える。そのような祈りあう教会でありたいものです。 | ||||
8月 10日「ローマの信徒への手紙16:1〜6」 | ||||
キリスト・イエスに結ばれてわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。 (ローマの信徒への手紙16章3節) |
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ローマの信徒に書かれた実際の手紙は15章で終わっており、この16章は後代の付加であるとか、他の手紙につけられていたものが入れられたとか、様々な議論がなされてきました。しかし1〜3節については、パウロが実際に書いたものであると考えられています。 | ||||
パウロはよく、男尊女卑だとか女性蔑視をしていると言われることがあります。確かにそのように感じる箇所もありますが、ここではフェベという女性のために配慮を願うパウロの言葉があります。 | ||||
フェベはケンクレアイというエーゲ海に面した港町にいました。そこを往来するキリスト者に対し、もてなしていたようです。ここに書かれている「奉仕者」という言葉の原語は、「執事」と同じものです。女性の働きも、パウロは良いものとして受け入れていたのです。 |