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日ごとの聖書

ショートメッセージ 〜2024年2月11日〜20日

211「使徒言行録81825
 すると、ペトロは言った。「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っているからだ。
(使徒言行録8章20節)
シモン(ややこしいですがペトロではありません)は、ペトロがサマリアの人々に手を置き、聖霊を降らせたのを見て、自分にもその力を授けて欲しいと願います。しかもシモンは、ペトロにお金を差し出すのです。
何としても彼は、自分も手を置けば、誰かに聖霊を与えられるようになりたかったということでしょう。自分の地位を上げるためでしょうか。それともお金儲けを企んでいたのでしょうか。
わたしたちもシモンのように、「力」を手に入れたいという欲求を起こすことがあるでしょう。しかしお金を払ってということはないとしても、「人に認められたい」、「人にはない力を手に入れたい」と願うことは、神さまの目には「悪事」と映ることもあるのです。
212使徒言行録82633
 さて、主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。そこは寂しい道である。
(使徒言行録8章26節)
続いてフィリポは、エルサレムからガザに下る道を行くように告げます。ガザという地名を聞くと、今もそこで苦しんでいる人たちのことを思い出します。主の天使がフィリポを遣わしたように、神さまの愛がその地にいる人たちの元に注がれますように。
フィリポが出会ったのは、エチオピアの高官でした。彼はエルサレムに礼拝に来ていた帰りでした。彼が朗読していたのはイザヤ書53章でした。しかし手引きをしてくれる人がいないから理解できないとその高官は言います。
教会の礼拝に、新しい方が来られることがあります。何も言われずに帰られることも多いのですが、様々な疑問を持たれることもあります。わたしたちにも、手引きができるのではないでしょうか。わたしたちも、フィリポになりましょう。
213使徒言行録83440
 そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。
(使徒言行録8章35節)
エチオピアの高官が読んでいたのは、イザヤ書53章の「苦難の僕」と呼ばれる箇所でした。日本聖公会の礼拝でも、受苦日や復活前主日に用いられることが多い箇所です。「屠り場に引かれる小羊」という言葉が、胸に刺さります。
奈良基督教会の洗礼盤の側面には、十字架を背負った小羊が彫られています。イエス様についての福音は、この「十字架を背負う小羊」に凝縮されていると言ってもいいと思います。フィリポはそのことを説き明かしました。
フィリポは、「伝道者フィリポ」と呼ばれていきます。それはこの箇所のように、人々に福音を告げ知らせていったからです。執事として任命され、福音を告げ知らせ、洗礼を授けていく。彼はその働きをずっと続けていきます。
214使徒言行録919
 サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。
(使徒言行録9章4節)
ステファノが殺害されるときに、近くで上着の番をしていた青年サウロが再び登場します。そのときにも書きましたが、彼はのちに「パウロ」と呼ばれ、多くの手紙を書き残した人物です。
しかし彼は当時、先頭に立って教会を迫害していました。ユダヤ人ファリサイ派の彼は、それが正しいことだと思っていたのです。そのような中、天からの光が彼の周りを照らし、イエス様の声が聞こえてきます。「なぜわたしを迫害するのか」という。
サウロの目は閉ざされ、そして三日間、彼は食べも飲みもしませんでした。正しいと思っていたことが覆されたとき、わたしたちはどのようにするでしょうか。サウロはきっと心の中で、何度も神さまにどうすればよいのかと問いかけていたことでしょう。
215使徒言行録91018
 すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。」
(使徒言行録9章15節)
主イエス様は、ダマスコにいるアナニアという弟子の元に現われます。そこでアナニアに伝えたことは、タルソス出身のサウロという者の上に手を置いてあげなさいというものでした。しかしアナニアは最初、それに対して異論を述べます。
というのも、サウロが教会を迫害していたことが、アナニアの耳にも入っていたからです。わたしたちも人間的な尺度で、人を批判し、排除しようとすることがあります。しかしサウロの行動は、それが当然だと思えるほどひどいものでした。
神さまは、わたしたちには到底理解できない計画をおこなうことがあります。「あえてこの人を選ぶ」ということをなさるのです。アナニアに手を置かれたサウロの目から、うろこのような物が落ちました。「目からウロコ」はここから取られた言葉です。
216使徒言行録91925
 しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。
(使徒言行録9章22節)
回心したサウロは、イエス様の福音を告げ知らせる者となりました。聖書の用語でもある「回心」とは、180度心を入れ替えることです。これまでイエス様を否定し迫害していた彼が、イエス様こそ神の子であると宣べ伝えていくのです。
心を改める、いわゆる「改心」とは違うダイナミックな生き方の転換を、サウロはおこないました。このような「回心」を、聖書はわたしたち一人ひとりにも求めていることを覚えましょう。
サウロの変化に、周りの人たちは驚きました。それも無理はないでしょう。少し前まで迫害の先頭に立っていたのです。そこに神さまの導きを見出すことができれば良かったのですが、彼らはサウロを殺そうとします。
217使徒言行録92631
 こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。
(使徒言行録9章31節)
エルサレムにやって来たサウロですが、他の弟子たちはサウロを恐れます。それも無理はありません。つい先日まで自分たちを迫害していた人物です。何かの罠だと思っても仕方ないでしょう。
そこに登場したのがバルナバです。バルナバは「慰めの子」と呼ばれます。彼はダマスコでのサウロの回心やそこでの宣教の様子を伝えます。その結果エルサレムの弟子たちは、サウロを受け入れることができたようです。
教会にも「バルナバ」のような人物がいたら、とても心強いです。新しく来た人がいればその人のことを伝え、その人が教会に受け入れられていくように導く。バルナバがいなかったら、サウロはどうなっていたのでしょうか。
218使徒言行録93235
 ペトロが、「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい。自分で床を整えなさい」と言うと、アイネアはすぐ起き上がった。
(使徒言行録9章34節)
ルカによる福音書5章17〜26節には、イエス様が中風の人(新しい聖書では「体の麻痺した人」)をいやす物語が載せられています。屋根の上から病人を床ごと降ろした物語だというと、「ああ、あれか」と思う方もおられるでしょう。
ペトロは8年間中風で床についていたアイネアをいやします。その時に言った「自分で床を整えなさい」という言葉は、ルカ福音書の中でイエス様の言われた「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」を思い起こさせます。
そして聖書をよく読んでみると、ペトロは自分の力でアイネアをいやしたわけではないことにも気づかされます。ペトロは「イエス・キリストがいやしてくださる」と告げます。自分ではなくイエス様が働かれる、それがとても大事なことなのです。
219使徒言行録93643
 ペトロが皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、「タビタ、起きなさい」と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がった。
(使徒言行録9章40節)
ペトロの「奇跡物語」が続きます。ペトロはヤッファのタビタという女性の元に呼ばれて行きます。彼女は数々の善い行いや施しをしていた人物でした。彼女がどれほど人のために奉仕してきたかは、やもめたちの姿を見ればわかります。
ペトロは祈り、「タビタ、起きなさい」と言います。この場面は、イエス様がヤイロの娘に対して「娘よ、起きなさい」と呼びかけられた(ルカによる福音書8章54節)と重なって聞こえます。
つまり聖書が伝えたかったのは、ペトロが奇跡行為者になったということではなく、イエス様の業が弟子たちによって継続されたということなのではないでしょうか。あくまでも人々の間で働かれるのは、イエス様だということなのです。
220使徒言行録1018
 彼は天使を見つめていたが、怖くなって、「主よ、何でしょうか」と言った。すると、天使は言った。「あなたの祈りと施しは、神の前に届き、覚えられた。
(使徒言行録10章4節)
使徒言行録には、サマリアの人やエチオピアの高官に福音が伝えられていった話が載せられていました。救いはいわゆる「異邦人」(ユダヤ人以外の人)の元にも届けられていくのです。そして今日から始まる10章で、そのことが決定づけられます。
カイサリアのコルネリウスはイタリア隊の百人隊長でした。イタリア隊はローマ帝国に属している部隊です。彼は当然、ユダヤ人ではありません。しかし彼の家族は絶えず神さまに祈っていました。
神さまはコルネリウスに天使を遣わし、ペトロを招くように伝えます。異邦人であるコルネリウスがペトロの元に行くのではなく、ペトロに異邦人の家に来るように招きなさいというのです。さてペトロはどのような反応をするのでしょうか。

バナースペース

勤務地:日本聖公会 奈良基督教会
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TEL 0742-22-3818

牧師:司祭マタイ古本靖久
副牧師:司祭エレナ古本みさ