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日ごとの聖書

ショートメッセージ 〜2024年1月21日〜31日

121「使徒言行録516
 この言葉を聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。そのことを耳にした人々は皆、非常に恐れた。
(使徒言行録5章5節)
アナニアとサフィラの物語は、わたしたちに複雑な感情を抱かせます。アナニアは土地を売りますが、代金の一部は自分のために取っておき、その残りを使徒たちの足元に置きました。そのことは妻のサフィラも相談を受け、知っていました。
わたしたちの感覚だと、自分の財産の一部を提供しただけでも素晴らしいことのように思います。財産を自分だけのものにして、何もささげなかった人も、きっといたのではないかと思うからです。
しかしペトロは、アナニアの罪を指摘しました。その罪とは、神さまを欺いたということです。人間の前ではともかく、神さまの前には正しくあるように。それがペトロの思いでした。その言葉を聞いたときに、アナニアの息は絶えました。
122使徒言行録5711
 教会全体とこれを聞いた人は皆、非常に恐れた。
(使徒言行録5章11節)
アナニアが倒れて墓に葬られた三時間後、何も知らない妻のサフィラがやってきました。なかなか帰ってこない夫を心配したのでしょうか。自分たちがささげた物が、きっと喜ばれているに違いないと思っていたかもしれません。
ペトロはサフィラに、足元に置かれたお金が土地を売った代金すべてなのかと聞きます。サフィラは「そうです」と答えました。アナニアと同じように、神さまを欺いたのです。その結果、サフィラも息が絶えることになりました。
このことを聞き、教会全体は非常に恐れたそうです。それはそうでしょう。なぜペトロは二人の誤りを正し、悔い改めるチャンスを与えなかったのでしょうか。これはイエス様が伝えた神さまの愛と、遠く離れているようにも思えます。
123使徒言行録51216
 人々は病人を大通りに運び出し、担架や床に寝かせた。ペトロが通りかかるとき、せめてその影だけでも病人のだれかにかかるようにした。
(使徒言行録5章15節)
ペトロたちの行動は、人々の注目を集めていきます。彼らは自分の持ち物を差し出し、それを共有して生活していました。また心を一つにして祈り、多くのしるしや不思議な業をおこなっていきました。
13節に出てくる「ほかの者」というのは、彼らに敵対していた人たちのことだと思われます。特にユダヤ人指導者たちからみると、ペトロたちの言動は受け入れることができなかったでしょう。
しかし民衆は、ペトロたちを称賛します。というのも、彼らは病人や汚れた人を癒やしてくれたからです。具体的なしるしがあると、人の心は動きやすいものです。ついにはペトロの影にさえ、その不思議な力を見出していくのでした。
124使徒言行録51726
 「牢にはしっかり鍵がかかっていたうえに、戸の前には番兵が立っていました。ところが、開けてみると、中にはだれもいませんでした。」
(使徒言行録5章23節)
「出る杭は打たれる」と言います。ペトロたちの行動は、大祭司とその仲間たちに妬みを引き起こさせました。自分たちにはペトロのような癒しの力が与えられていないし、民衆もペトロたちを称賛しているからです。
その事実を受け入れることが出来ず、彼らは使徒たちを捕らえて牢に入れてしまいます。自分が足りないことを認められずに、自分より優れた人を攻撃してしまう。そのような妬みの心は、わたしたちにもあります。
神さまは主の天使に命じ、牢の戸を開けて使徒たちを外に連れ出させました。そして「命の言葉」を民衆に語るように伝えます。神さまの言葉は、多少の抵抗などでは遮ることなどできないのです。
125使徒言行録52732
 ペトロとほかの使徒たちは答えた。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。
(使徒言行録5章29節)
「あの名によって教えてはならない」と、大祭司は使徒たちを尋問します。「あの名」とは、イエス様の名のことです。イエス様がなさったことや、十字架につけられたイエス様を神さまが復活させられたことを、ペトロたちは語り続けました。
どんなに迫害され、厳しく「語るな」と命じられても、ペトロたちは語るのをやめませんでした。それは「人に従うより、神に従う」ことを、何よりも大切にしていたからなのでしょう。
わたしたちはどうでしょうか。神さまの愛を語るのに、躊躇することはないでしょうか。もしそれが対面や体裁を気にしてのことであれば、それは「人に従う」ことと変わらないのかもしれません。
126使徒言行録53342
 それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、
(使徒言行録5章41節)
最高法院でペトロと使徒たちが語った内容は、聞く人々に激しい怒りを抱かせました。彼らは使徒たちを殺そうと考えます。ところがファリサイ派のガマリエルという人物が、議員たちにこのように語ります。
それは、「人から出たものならば自滅するし、神から出たものならば滅ぼすことはできない」ということです。ガマリエルは冷静に対処するように言います。彼は民衆から尊敬されていました。
ガマリエルの意見に納得した議員たちは、使徒たちを釈放します。ただし釈放の前に鞭で打ったようです。この「辱め」は、使徒たちにとって喜びとなりました。イエス様も十字架の前に鞭打たれましたが、自分たちも同じ苦しみを負ったからなのでしょう。
127使徒言行録617
 それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。
(使徒言行録6章3節)
すべてのものを分かち合っていた初代教会でも、トラブルは起こっていました。それは日々の分配に不公平が生じているということです。どうやら話す言語によって、グループが形成されていたようです。
わたしたちの教会の中でも、同じようなことが起こりうるのかもしれません。「すべてを平等に」というのは、極めて難しいことです。しかし彼らは、ステファノを含む七人にその大役を任せます。
彼らの役割は、聖公会の中の「執事」にあたるものです。彼らの働きによって、弟子の数は増え、祭司も大勢仲間に加わっていったそうです。わたしたちも「執事」の働きを、もう一度見直す必要があるのかもしれません。
128使徒言行録6815
 最高法院の席に着いていた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさながら天使の顔のように見えた。
(使徒言行録6章15節)
昨日の箇所で日々の分配を任された七人の内の一人、ステファノのついての記述が始まります。彼は恵みと力に満ち、すばらしい不思議な業としるしを民衆の間でおこなっていました。
ステファノは会堂の人などと議論しましたが、知恵と霊とによって語るステファノには歯が立ちませんでした。普通であれば感服し、その教えに傾倒するのでしょうが、議論に負けた人たちはでたらめを言って、人々をそそのかしました。
その結果、ステファノは逮捕されます。言葉でかなわないから、人々を扇動してこらしめてやれ。わたしたちも同じような思いを持つことがあるのかもしれません。しかしそのときのステファノの顔は、天使の顔のようだったそうです。
129使徒言行録718
 そして、神はアブラハムと割礼による契約を結ばれました。こうして、アブラハムはイサクをもうけて八日目に割礼を施し、イサクはヤコブを、ヤコブは十二人の族長をもうけて、それぞれ割礼を施したのです。
(使徒言行録7章8節)
大祭司から尋問されたステファノは、語り始めます。この内容は「ステファノの説教」と呼ばれ、7章1節から53節に渡る大変長いものです。使徒でもなかった彼の説教が、これほどまでに大切にされているのです。
ステファノはまず、アブラハムの話を始めます。アブラハムはイスラエルの民の父で、「信仰の父」とも呼ばれます。ユダヤ人である自分たちが同じように大切にしている歴史から、紐解いていくのです。
アブラハムは「約束の地」を与えられました。そして割礼による契約を神さまから与えられました。ステファノの説教は、この後どのように展開していくのでしょうか。
130使徒言行録7916
 二度目のとき、ヨセフは兄弟たちに自分の身の上を明かし、ファラオもヨセフの一族のことを知りました。
(使徒言行録7章13節)
「10分でわかる旧約物語」という本を書かなければならないとしたら、この「ステファノの説教」をベースにしたらいいなぁと思ってしまいます。ステファノはアブラハムに続いて、ヨセフの話を始めました。
ヤコブの息子ヨセフは兄たちの妬みによってエジプトに売られましたが、その結果、父ヤコブや兄弟たちが飢饉から救われるということになります。これらの出来事の背景に、人々は神さまの導きとお守りを感じていたのでしょう。
ステファノがこのようによどみなく語れるのは、ユダヤの人々がいつもこれらの物語を聞かされ、覚えていたからです。それほど彼らにとって、アブラハムから続く物語は大切なものなのです。
131使徒言行録71722
 そして、モーセはエジプト人のあらゆる教育を受け、すばらしい話や行いをする者になりました。
(使徒言行録7章22節)
「神がアブラハムになさった約束の実現する時」というのは、出エジプトのことです。奴隷状態になったイスラエルの人々がエジプトから脱出するこの物語は、イスラエルの人たちが一番大事にしていたものでしょう。
ステファノはまず、モーセの出生について語ります。イスラエルの人々が増え続けることに危機感を覚えたエジプトの王ファラオは、新しく生まれる乳飲み子を殺すように命じました。
モーセはそのときに生まれたのですが、殺さずに葦のカゴに入れてナイル川に流した結果、ファラオの王女が見つけ、自分の子として育てます。それらのことは、すべて神さまのご計画だったと、ステファノもイスラエルの人々も考えていました。

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