10月 1日「出エジプト記21:1〜6」 | ||||
あなたがヘブライ人である奴隷を買うならば、彼は六年間奴隷として働かねばならないが、七年目には無償で自由の身となることができる。 (出エジプト記21章2節) |
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ヘブライ人とはイスラエルの人、つまり同胞ということです。ユダヤ人という言い方もありますが、使い分けについて特に決まりはないようです。契約の書では同胞の奴隷について、言及しています。 | ||||
外国人の奴隷であれば、戦争の捕虜ということも考えられます。しかし同胞であれば、借金を払えなかった代わりにという理由でしょうか。またこの法は、6年間奴隷として仕えれば7年目には解放されることも定めています。 | ||||
7という数字は安息日の決まりにもあるように、聖なる数、完全数です。7の時にはすべての鎖から解放されるということでしょう。ただキリで耳を突き通すというくだりは、よく意味がわかりませんが。 | ||||
10月 2日「出エジプト記21:7〜11」 | ||||
もし、彼がこの三つの事柄を実行しない場合は、彼女は金を支払わずに無償で去ることができる。 (出エジプト記21章11節) |
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今日の箇所を読む限り、女性の奴隷は男性と違い、7年目になっても解放されないようになっています。しかし申命記15章12節には、「同胞のヘブライ人の男あるいは女が、…6年間奴隷として仕えたならば、7年目には…」と女性も解放されるように書かれています。 | ||||
出エジプト記と申命記はもともと同じ法律ですが、安息日はすべての人に対して定められているので、7年目の解放もすべての人(ここでは外国人は含みませんが)に適応されるべきだと解釈されていったのでしょうか。 | ||||
また奴隷の女性と自分の息子が結婚することもあったようです。大河ドラマを見ると、戦国時代にもそのようなことはしばしばあったようです。しかしその後、妻を他に得たとしても、彼女の生活は保障しなさいという極めて人道的なことも書かれています。 | ||||
10月 3日「出エジプト記21:12〜21」 | ||||
しかし、人が故意に隣人を殺そうとして暴力を振るうならば、あなたは彼をわたしの祭壇のもとからでも連れ出して、処刑することができる。 (出エジプト記21章14節) |
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現在100以上の国が死刑制度を廃止し、国連は加盟国に死刑廃止を求めています。そのことについてここで議論する気はありませんが、聖書には「死刑」に関する定めが多く載せられています。 | ||||
ただしそこで重視されているのは、「殺意があるかないか」ということです。故意であれば同害報復(目には目を歯には歯をと同じように、死には死をという考え方)の対象となりますが、故意でなければ「逃れの場(申命記19章4節)」が与えられるのです。 | ||||
さらに父母を打ったり呪ったりしても、また誘拐したとしても、死刑の対象となっていました。「父母を敬え」は十戒にある決まりなので、とても厳しいのでしょう。また死には至らなくても、その期間の補償制度が定められていることも、大きな特徴だと言えます。 | ||||
10月 4日「出エジプト記21:22〜32」 | ||||
もし、賠償金が要求された場合には、自分の命の代償として、要求されたとおりに支払わねばならない。 (出エジプト記21章30節) |
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男たちが争って妊娠中の女性にぶつかって流産する、そのようなことは日常ではあまり見られない光景のように思います。しかしここで言いたいのは、胎児をどのように考えるかということでしょう。この法では命で償う必要はなく、賠償で済ませるということのようです。 | ||||
さて、「目には目を」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。復讐を助長する言葉のようにも感じますが実はそうではなく、「同程度の復讐までしか認めない」という過剰な報復を抑制する決まりです。 | ||||
一人殺されたから家族全員皆殺しだ!ということを許してしまうと、次は親戚が襲われ、次は集落が襲われ、とエスカレートしていく可能性もあります。それを防止するために、「目には目を」という決まりが作られていったのです。 | ||||
10月 5日「出エジプト記21:33〜37」 | ||||
人が牛あるいは羊を盗んで、これを屠るか、売るかしたならば、牛一頭の代償として牛五頭、羊一匹の代償として羊四匹で償わねばならない。 (出エジプト記21章37節) |
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イスラエルの人々にとって、家畜は大切な財産でした。そのためその財産をきちんと守ることも、法律で明確にしておく必要がありました。ただそこに書いてある例は、わたしたちの感覚からいうと不思議な物が多いですが。 | ||||
自分の所有する牛に、突き癖があるかどうかを知っておくことは、とても重要だったようです。大型犬を飼う場合も、その犬が噛むことが予想されているのに放し飼いにしていたら怒られるのと変わりません。 | ||||
そして盗みに対しては、かなり厳しいペナルティーが科せられます。牛を1頭盗んだら5頭の牛、羊を1匹盗んだら4匹の羊が賠償として必要になります。「盗みは絶対に許されない」という強いメッセージのようです。 | ||||
10月 6日「出エジプト記22:1〜5」 | ||||
火が出て、茨に燃え移り、麦束、立ち穂、あるいは畑のものを焼いた場合、火を出した者が必ず償わねばならない。 (出エジプト記22章5節) |
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新共同訳聖書で「盗人が壁に穴をあけて入るところを見つけられ」というところが新しい聖書では、「盗人が家を壊しているところを見つかり」と変わっています。壊すと書かれると、何だか物騒な気もします。 | ||||
夜中と日中とでは、盗みの罪の重さが違うようです。夜中は人に危害を加える危険もあるので、重い罪になっているのでしょう。夜中であれば死刑ですが、日中の場合は賠償になります。ただ賠償するものを所有できていれば、盗みに入る必要はなさそうですが。 | ||||
また畑の植物などにも、賠償責任があることを明確に定めています。今から数千年前の時代に、このようなことが細かく定められていることは驚きです。ただよく考えると、イスラエルの人々は荒れ野でさまよっている真っ最中なのですが。 | ||||
10月 7日「出エジプト記22:6〜8」 | ||||
もし、盗人が見つからない場合は、その家の主人が神の御もとに進み出て、自分は決して隣人の持ち物に手をかけなかったことを誓わねばならない。 (出エジプト記22章7節) |
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イスラエルの成人男性は年に三回、大きなお祭りのためにエルサレム神殿に行かなければなりませんでした。そのため大事な物を隣人に預けるということは、それほど珍しいことではなかったのでしょう。 | ||||
それは同時に、「火事場泥棒」ともいえる盗人たちが活動する場があるということです。しかしこの法律では、預かった人には賠償の責任はないことを明確にします。助け合いの精神を守るためなのかもしれません。 | ||||
そして紛失物についての言い争いについては、神さまの判断を仰ぐように言われます。18章13節以降にモーセが一日中民を裁いている姿が書かれていましたが、こういうことをモーセは聞かされ続けていたのでしょう。 | ||||
10月 8日「出エジプト記22:9〜14」 | ||||
もし、野獣にかみ殺された場合は、証拠を持って行く。かみ殺されたものに対しては、償う必要はない。 (出エジプト記22章12節) |
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ここに書かれている法律は、かなり具体的なものになっています。ただしここで読むのがしんどくなったら、レビ記に入るともっとつまずいてしまうことでしょう。お気をつけください。(来年の「日ごとの聖書」は使徒言行録とパウロの手紙にする予定です。) | ||||
日本の裁判は、過去の判例を元にしていきます。ユダヤでも「ラビ(ユダヤ教の教師)〇〇はこう言った」と、律法の細かい規定を定めていきます。ただこういうものは細かくすればするほど、人々はがんじがらめになってしまうのですが。 | ||||
この部分では、家畜に関することがかなり多いように感じます。乾燥地帯のユダヤでは、家畜の働きはとても大きかったのでしょう。そのためその財産を保護する法律が、手厚くされて行ったのだと思います。 | ||||
10月 9日「出エジプト記22:15〜19」 | ||||
主ひとりのほか、神々に犠牲をささげる者は断ち滅ぼされる。 (出エジプト記22章19節) |
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「婚約していない処女」とは、まだ結婚相手の決まっていない女性ということです。結婚の意思があればまず婚約して、一定の期間を経て結婚するというのが流れでした。合意の上だとしても、その手順を守らなかったら責任を取りなさい、ということです。 | ||||
17〜19節には「死に値する罪」というサブタイトルが付けられています。ただし新しい聖書になってからは、そのサブタイトルは消えました。両方の聖書を比較すると、新共同訳聖書の方が読みやすいと個人的には感じます。 | ||||
「女呪術師を生かしておいてはならない」という記述を元に、中世では「魔女裁判」が頻繁におこなわれていました。また占い師の方が、洗礼を受けることを拒まれたという話も聞いたことがあります。人はどうして、他人を裁くのが好きなのでしょうか。 | ||||
10月 10日「出エジプト記22:20〜26」 | ||||
寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。 (出エジプト記22章20節) |
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ここから法は、他人に対しての決まりになっていきます。寄留者とは短期滞在者のことで、外国人も多く含まれていました。イスラエルの人々は40年の荒れ野での生活の中で、他の民族の土地を多く通ってきました。 | ||||
またエジプトでも、バビロンに捕囚されたときも、また現代にいたるまで、ユダヤ人は世界中に散らされ、その土地で生きることを強いられてきました。「寄留者に寛容であれ」という定めは、自分たちが経験してきた歴史の中で生まれたものです。 | ||||
また寡婦や孤児を苦しめるなと書かれます。ユダヤの裁判には成人男性しか関わることができず、寡婦や孤児の意見は反映されません。そのためあらかじめ、彼らを守る法律をつくったのです。裏を返せば、法律がなかったら彼らは虐げられていたということです。 |