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日ごとの聖書

ショートメッセージ 〜2026年1月1日〜10日

1月 1「ヨシュア記119
強く、雄々しくあれ。あなたは、わたしが先祖たちに与えると誓った土地を、この民に継がせる者である。
(ヨシュア記1章6節)
今年はヨシュア記・士師記・ルツ記・サムエル記上・下という旧約聖書の5巻を読んでいきます。ヨシュア記はモーセの後継者であるヌンの子ヨシュアが、「約束の地」であるカナンにイスラエルの人々を導く物語です。
エジプトを出てきた人々のうち、40年後にカナンの地に入ることができたのは、ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブだけでした。モーセやアロンを含む多くの人たちは神さまのみ心に背き、その地に入る前に死んでしまうのです。
ここからイスラエルの人々がどのようにして、約束の地へ入っていくのかが語られていきます。ただ平和的にその土地に入るのではなく、かなり強引に奪っていくという印象も与えられます。そのことに注意して、読んでいくようにしましょう。
1月 2ヨシュア記11018
 我々はモーセに従ったように、あなたに従います。どうか、あなたの神、主がモーセと共におられたように、あなたと共におられますように。
(ヨシュア記1章17節)
「主があたえてくださったもの」、そのようにヨシュアは語ります。現代でもこの言葉を信じている人が多くいるのをご存じでしょうか。この言葉を盾にして、土地を強奪しているといっても過言ではありません。
月のようにだれも住んでいない場所に、早い者勝ちで入植するのであればそれもいいでしょう。しかし「約束の地」カナンには、実際に人が住んでいました。その人たちの権利はどうなるのでしょうか。
わたしたちがこの物語を読むときには、今の土地や場所と混同してしまわないようにしましょう。この物語はあくまでも、歴史上の神さまと当時のイスラエルの人々との関係を描いたものだということをいつも心に留めておきましょう。
1月 3ヨシュア記217
ヌンの子ヨシュアは二人の斥候をシティムからひそかに送り出し、「行って、エリコとその周辺を探れ」と命じた。二人は行って、ラハブという遊女の家に入り、そこに泊まった。
(ヨシュア記2章1節)
ヨシュアは自分たちがエリコに入る前に、二人の斥候を送り込みます。斥候とは敵の状況や地形などを偵察・監視するために、本隊から先行して派遣される少人数の人たちを指します。いわゆるスパイです。
彼らは遊女ラハブのところに泊まります。遊女とは娼婦と同じように、聖書の中では罪人と定められていたような人です。しかしヨシュアの斥候たちは、遊女ラハブのところに身を隠します。
ラハブはエリコの中でも、差別されていたのではないでしょうか。ヨシュアの斥候は、エリコの人々から見ると敵になる人たちです。しかしラハブはその人たちをかくまいました。神さまは「罪人」と人々が呼んでいた人さえも、用いられるのです。
1月 4ヨシュア記2814
わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前でわたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください。
(ヨシュア記2章12節)
遊女ラハブは、イスラエルの人々がエジプトを出るときに神さまがなさったことや、他の国に対しておこなったことを知っていました。遊女の元には、様々な情報が集まっていたのでしょう。
ラハブはヨシュアの斥候に、交換条件を出します。それは自分が二人を助ける代わりに、自分たちの命を救ってほしいというものでした。父、母、兄弟姉妹、さらにその人たちに連なる人たちも含めてです。
ラハブはとても賢い女性でした。彼女は二人の斥候から「あなたに誠意と真実を示そう」という言葉を引き出します。ただこの決断は、ラハブの一族以外のエリコの人からすると、裏切り以外の何でもありませんが。
1月 5ヨシュア記21524
 ラハブは、「お言葉どおりにいたしましょう」と答えて、二人を送り出し、彼らが立ち去ると、真っ赤なひもを窓に結び付けた。
(ヨシュア記2章21節)
ラハブは二人の斥候を助けます。その二人を窓から綱でつり降ろしたのです。随分力があるな、とも思いますが、城壁の壁面を利用したそうです。教会にも石垣があるので、一度試してみてはどうでしょうか。
斥候とラハブは、契約を結びます。その契約のしるしとなるのは、真っ赤なひもです。昔「幸せの黄色いハンカチ」という映画がありましたが、それを思い出した方もおられるかもしれません。
斥候は無事、ヨシュアの元に戻りました。6章でラハブは約束通り助け出されます。このラハブの名は、ボアズの母として新約聖書にも登場します(マタイ1:5)。イエス様の系図の中に、遊女の名前もあるというのは驚きです。
1月 6ヨシュア記318
ヨシュアは民に言った。「自分自身を聖別せよ。主は明日、あなたたちの中に驚くべきことを行われる。」
(ヨシュア記3章5節)
多くの聖書には巻末に、聖書地図が載せられています。その中の「出エジプトの道」を見ると、イスラエルの人々は一度カナンのそばのホルマまでは行くものの、また遠回りしてカナンを目指したことがわかります。
モーセが亡くなったネボ山はヨルダン川の東側にあります。カナンはヨルダン川の西側ですから、カナンに入るためにはヨルダン川を渡らなければいけません。しかしヨルダン川は大きな川です。
そこでヨシュアは祭司たちに命じ、ヨルダン川の水際まで行かせます。神さまはヨシュアに、「わたしがモーセと共にいたように、あなたと共にいることを、すべての者に知らせる」と告げます。ヨシュアが新しいリーダーであることを、人々に知らしめるのです。
1月 7ヨシュア記3917
 全地の主である主の箱を担ぐ祭司たちの足がヨルダン川の水に入ると、川上から流れてくる水がせき止められ、ヨルダン川の水は、壁のように立つであろう。
(ヨシュア記3章13節)
神さまはイスラエルの人々の前で、驚くべきみ業をおこないます。契約の箱を担いだ祭司たちが民の先頭を歩いていましたが、彼らの足が水際に浸ると水が壁のように立ち、人々は川床を歩くことができました。
このような現象を、どこかで聞いたことはないでしょうか。イスラエルの人々がエジプトから逃げる際、イスラエルの民の行く手を紅海が阻みます。後ろにはイスラエルの戦車部隊が近づいてきます。そのときモーセが杖を上げると、海が二つに割れました。
神さまはそれと同じことを、ヨシュアの手によっておこないます。この出来事は、モーセをリーダーと仰いでいた人たちがヨシュアも認める、そのきっかけになったのではないでしょうか。
1月 8ヨシュア記417
彼らに命じて、ヨルダン川の真ん中の、祭司たちが足を置いた場所から、石を十二個拾わせ、それを携えて行き、今夜野営する場所に据えさせなさい。」
(ヨシュア記4章3節)
イスラエルには、12の部族がありました。それはヤコブの子であるルベン、シメオン、ユダ、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、イッサカル、ゼブルン、ベニヤミンという10人に、ヨセフの子であるマナセ、エフライムを加えた12人の名を持つ部族です。
レビもヤコブの子ですが、祭司の家系として土地を持たなかったので、12部族には入れられないことが多いです。さて、聖書はこの12という数をとても大切にしてきました。イエス様の弟子の数も12です。
イスラエルの人々がヨルダン川を渡り切ったとき、神さまはヨシュアに「12部族の代表を選び、石を拾わせ、それを据えさせなさい」と命じます。12部族が共に渡ったということが、大切なのでしょう。
1月 9ヨシュア記4814
 ヨシュアはまた、契約の箱を担いだ祭司たちが川の真ん中で足をとどめた跡に十二の石を立てたが、それは今日までそこにある。
(ヨシュア記4章9節)
旧約聖書の中には「それは今日までそこにある」という表現が出てくる箇所があります。遺跡のような形で、大切にされてきたのでしょうか。ただ調べてみましたが、「そこにある」という確かな情報は見つかりませんでした。
「しるし」というものを、わたしたちも大切にします。神さまとの関係に限らず、人生の節目で誰かにもらったものなど、宝物にすることがあります。そしてそれを誰かに見せるときには、どうしてそれを手に入れたのかを説明するでしょう。
神さまがヨルダン川のほとりに据えさせた12の石には、そのような意味がありました。神さまが水をせき止めるという不思議な業をもって、イスラエルの人々を導いたしるしです。彼らはそれを、次の世代へと伝えていくのです。
1月 10ヨシュア記41524
 それは、地上のすべての民が主の御手の力強いことを知るためであり、また、あなたたちが常に、あなたたちの神、主を敬うためである。」
(ヨシュア記4章24節)
神の箱を担いだ祭司がヨルダン川からあがると、せき止められていた水は前のように流れ出しました。出エジプトの際の紅海の奇跡では、水が元に戻ったためにエジプト軍がおぼれるということがありましたが、ここでは犠牲者は出なくてよかったです。
イスラエルの人々は、ギルガルという場所に宿営します。ギルガルはエリコの町の東の境にあります。エリコではすでに2章で二人の斥候が活動していました。いろんな情報を得ていたことでしょう。
これは第一の月の十日の出来事です。これからすぐにエリコに軍を向けるかというと、そうではありませんでした。神さまは彼らに、「契約のしるし」を求めます。その内容は、明日読むことにしましょう。

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