
| 12月 21日「詩編145:10〜16」 | ||||
| 主は倒れようとする人をひとりひとり支え うずくまっている人を起こしてくださいます。 (詩編145編14節) |
||||
| 今日の箇所には、「主権」という言葉が4回登場します。主権は一般的に、国家がその領土と国民を統治し他国の干渉を受けずに政治を最終的に決定する最高の権力を指します。この概念は、国家の構成要素として非常に重要だそうです。 | ||||
| では聖書の「主権」、どのようなことなのでしょうか。国家を「神の国」と置き換えてみましょう。神の国が世界とわたしたちを統治し、神さまの思いを伝えるために、神さまが決定すること、となるのです。 | ||||
| その決定とは、イエス様をわたしたちのために遣わすということです。倒れようとする人をひとりひとり支え、うずくまっている人を起こすために、イエス様が来られたということ。まもなくクリスマスを迎えるこの時期に改めて感謝しましょう。 | ||||
| 12月 22日「詩編145:17〜21」 | ||||
| 主を呼ぶ人すべてに近くいまし まことをもって呼ぶ人すべてに近くいまし (詩編145編18節) |
||||
| この詩編には、賛美の言葉が散りばめられています。表題にもあった通りこの詩編は、ヘブライ語のアルファベットをそれぞれの節の頭文字にし、いろは歌のように言葉を連ねています。 | ||||
| その中で18節では、「近くにいまし」と二度書きます。神さまのような存在には、遠くから見守っておいてほしい。必要なときには近くにいてほしいけど、都合の悪い時にはそばにいないでほしい。そう思ってはいませんか。 | ||||
| 神さまはわたしたちが歩めるように、イエス様を遣わされました。歩みが遅くなればその手を支え、転んでしまったら起き上がらせ、歩くことができなくなったら背負ってくださいます。わたしたちを厳しく監視するために、来られたのではないのです。 | ||||
| 12月 23日「詩編146:1〜4」 | ||||
| 霊が人間を去れば 人間は自分の属する土に帰り その日、彼の思いも滅びる。 (詩編146編4節) |
||||
| 「主は助けの神」:ハレルヤ詩編です。ここから最後の150編まで、5つの詩編はすべてハレルヤ詩編となります。どの詩もハレルヤで始まり、ハレルヤで終わるという特徴をもっています。 | ||||
| 賛美は一義的には、神さまに向けてささげられます。神さまの栄光をほめたたえ、神さまに感謝を伝えるのです。そして賛美は、自分の魂に向けてもおこなわれます。神さまに寄り頼むしかない自分の姿を思い起こすのです。 | ||||
| 146編〜150編の5つの詩編は、ユダヤ人の朝の祈りでも用いられていたそうです。朝、行動を起こす前にまず、神さまを賛美する。そのような毎日を送ることができれば、心も軽くなるのかもしれません。 | ||||
| 12月 24日「詩編146:5〜10」 | ||||
| 主は寄留の民を守り みなしごとやもめを励まされる。しかし主は、逆らう者の道をくつがえされる。 (詩編146編9節) |
||||
| 今日はクリスマスイブです。今日の詩編には、イエス様のおこないを思い起こす内容が出てきます。「虐げられている人」、「飢えている人」、「捕われ人」、「見えない人」、うずくまっている人」のところに主は来られるのです。 | ||||
| イエス様はルカによる福音書4章18〜19節で語られました。「主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」と。 | ||||
| そのような人たちの元に来てくださるということは、あなたが一番つらく苦しい時にイエス様は共にいてくださるということです。その神さまの恵みに、心から感謝したいと思います。 | ||||
| 12月 25日「詩編147:1〜9」 | ||||
| ハレルヤ。わたしたちの神をほめ歌うのはいかに喜ばしく 神への賛美はいかに美しく快いことか。 (詩編147編1節) |
||||
| 「イスラエルを顧みられる全能の主」:ハレルヤ詩編です。クリスマス、おめでとうございます。クリスマスの期間、街中や教会はイルミネーションで飾られます。人工的な光ではありますが、それを見るときにわたしたちの心は温かくなります。 | ||||
| 聖歌350番は、神さまの大いなる働きを賛美する歌です。「すみわたる大空に 星影はひかり 風そよぐ野に山に 草花はかおる 数知れぬ空の星 神さまはみなかぞえ ひとつずつ目をとめて 守られるいつも」。 | ||||
| この1節後半の歌詞は、今日の詩編147編4節が元になっています。星の数を数えるという表現は、アブラハムに「あなたの子孫はそのようになる」と言われた言葉を思い起こします。神さまはすべてをご存じで、守られるのです。 | ||||
| 12月 26日「詩編147:10〜14」 | ||||
| あなたの国境に平和を置き あなたを最良の麦に飽かせてくださる。 (詩編147編14節) |
||||
| 現在の日本の国境は、すべて海の上です。陸続きで他の国に行くことはできません。小さいころ歩いて国境をまたぐ外国の人をうらやましいと思ったことがあります。しかし戦争が起こると、そう言ってもおられません。 | ||||
| 「国境に平和を置く」ということは、中東の人々の大きな願いなのでしょう。ただその平和というのが、攻め込む敵の力を奪い弱らせるということであれば、何か違うようにも思います。 | ||||
| その国境で違う民族の人たちが出会い、語り合い、食卓を囲む。それが本当の平和ではないでしょうか。相手が大切にしているものを尊重し、共に歩んでいく。「主の平和」とは、そのようなことではないでしょうか。 | ||||
| 12月 27日「詩編147:15〜20」 | ||||
| どの国に対しても このように計らわれたことはない。彼らは主の裁きを知りえない。ハレルヤ。 (詩編147編20節) |
||||
| 聖歌集の中に、顕現節の歌があります。顕現とは、はっきりと姿を現すことや、具体的な形をもって現れることを意味します。特に、神さまや霊的な存在がこの世に姿を見せる際に用いられます。 | ||||
| 「ハレルヤ歌えよ 喜びのうた ハレルヤみ神の みもとに響く たたえの調べは 絶ゆることなし」という顕現節の聖歌116番1節では、神さまのみ言葉がわたしたちに与えられた喜びを歌っています。 | ||||
| イエス様は「神さまのみ言葉」として、人となられ、わたしたちの間に宿られました。それがクリスマスの出来事です。そのみ言葉が氷塊を溶かします。わたしたちの氷のような心も溶かしてくださるのです。 | ||||
| 12月 28日「詩編148:1〜6」 | ||||
| 御使いらよ、こぞって 主を賛美せよ。主の万軍よ、こぞって 主を賛美せよ。 (詩編148編2節) |
||||
| 「全被造物への賛美の呼びかけ」:ハレルヤ詩編です。年末の風物詩として、ベートーヴェンの第九が演奏されることがあります。その第4楽章は「歓喜の歌」とも呼ばれ、合唱されることも多くあります。 | ||||
| 聖歌集の320番は題名が「HYMN TO JOY」です。HYMNとは賛美のことですので、「喜びの賛美」という意味です、そしてこの聖歌の曲は、ベートーヴェンの第九、第4楽章が用いられています。 | ||||
| 「あめ(天)もみ使いも 神をたたえよ 日も月も星も 喜び歌え 愛なるみ神は あめつち(天地)つくり 変わらぬのり(法)もて 治めたまえり」。この一年の感謝を、一緒に賛美いたしましょう。 | ||||
| 12月 29日「詩編148:7〜14」 | ||||
| 主の御名を賛美せよ。主の御名はひとり高く 威光は天地に満ちている。 (詩編148編13節) |
||||
| この詩編148編の前半では、天にあるものに「賛美せよ」と呼びかけます。古来多くの宗教では、太陽や月も信仰の対象でした。しかし聖書においては、太陽も月も被造物の一つにすぎません。だから主を賛美するのです。 | ||||
| そして今日の後半部分は、「地において」とはじまります。竜や獣だけでなく、深淵、火、雹、雪、霧、嵐、山々、丘、木、林に至るまで、「主を賛美せよ」と命じます。日本には八百万の神々という考えがありますが、聖書ではすべて神さまが作られたものなのです。 | ||||
| そしてわたしたち人間に対しても、主を賛美せよと命じます。わたしたちもまた、神さまによってつくられ、そして神さまの慈しみによって生かされている一人一人です。そのことを思うときに、賛美せずにはいられないのです。 | ||||
| 12月 30日「詩編149編」 | ||||
| 踊りをささげて御名を賛美し 太鼓や竪琴を奏でてほめ歌をうたえ。 (詩編149編3節) |
||||
| 「踊りと剣で主をたたえよ」:ハレルヤ詩編です。この詩編は、勝利を祝う神殿での宗教的踊りに合わせてつくられたと考えられています。太鼓や竪琴を用いて、にぎやかに踊ったのでしょう。 | ||||
| 6節に、「両刃の剣」という言葉があります。両側に刃がある剣のことですが、これは戦いに非常に役立つ一方で、使い方を間違えると自分が傷つく恐れのある武器です。たとえとしても用いられる言葉です。 | ||||
| イエス様はゲツセマネの園で逮捕されようとしたとき、兵士たちに歯向かおうとする弟子たちに対して、「剣をさやにおさめなさい」と命じられました。わたしたちに必要なのは人を傷つける剣ではなく、霊の剣と賛美の言葉なのです。 | ||||
| 12月 31日「詩編150編」 | ||||
| 息あるものはこぞって 主を賛美せよ。ハレルヤ。 (詩編150編6節) |
||||
| 「全楽器に合わせた結びの栄唱」:ハレルヤ詩編です。ついに詩編150編、終わりました!みなさん、ついてきていますか?みんなでマラソンを走っていたのにいつの間にか一人だった。こんなに悲しいことはないですよ。 | ||||
| 全詩編の結びは、詩編の基本的主題を明確にします。それは「神を賛美せよ」ということです。この言葉が10回繰り返され、わたしたちはいつも神さまに感謝と賛美をささげるのだという思いになるのです。 | ||||
| 最後に聖歌11番を歌って終わりましょう。「すべてはうるわし 神をほめよ 平和の主なる 神をほめよ いずこに行くとも われらを導く 光のもとなる 神をほめよ」。新しい年も、神さまを賛美して歩んでいきましょう。 |